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ムラサキクンシラン


紫陽花忌は石原裕次郎氏が有名ですが
作家の林芙美子さんの命日も
そのように言われているようです

花を見て故人を偲べるのは
幸せです。
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皆さんのブログの紫陽花の写真を
堪能させていただいてます


母は花桃の満開の日に旅立ちました

石原裕次郎氏が亡くなられたとき
母がインド駐在中の私に手紙を
はじめてくれました。

『私たちの時代が終わったような気がしました』
といつになく感傷的な母の言葉が思い出されます
同じ50代だった母の感傷です


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アガパンサスをムラサキクンシランと
いうのだとやはりブログで教えて
もらいました。

ギボウシも咲き始めて
ガーデンが賑やかです


ムラサキクンシラン_c0155326_15173038.jpg
ギボウシは庭のを移植しました
アガパンサスはご近所のを
いただきました
3年でとても増えました


夫のpcを替えなくてはならず
久しぶりに二人で買い物に
時間はかかりましたが
なんとか・・・

これでが最後のPC買い換えだと
いいなあ・・・・と

老夫婦はつくづく思うのですが



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小説を書いています。
 お時間ある方はmoreへ 第三章6話です
    転載はご遠慮ください(_ _)  藤原沙也子

小説の最初のブログはこちらからです→→☆☆☆








 その6


 翔一郎がデリーのことを少しずつ話し始めた。

脳卒中で倒れたあと、彼はまだらに記憶を失ったようなところがあった。

それはまるで思い出すのが面倒だ、というように、

こちらの問いかけに知らん顔するようなそぶりだった。

始めは、とにかく死の淵から生還した彼を、生き続けさせたい一心で

細かいことには目をつぶって、先ず四肢のマッサージを必死で行っていたのだ。


会話はある日突然 かなり速い速度で回復を見せた。

「理子、父さん大丈夫だよ」

と、言ったりした。そんな時、理子は

「あったりまえよ、パパ!」とおどけて応えていた。

理子の明るさが翔一郎には励みになっていったのだ。


しかし、それからしばらくはまるで理子の遊び相手のような

気楽さを見せたりもした。

過去のことに囚われず、その頃から『パパ』と呼ぶようになった理子と

愉しく過ごすのが何よりだったようで、リハビリにあまり力が入っていなかった。


リハビリは無我夢中で行っていたときほど、回復の兆候が鈍くなった。

急激に回復の痕を見せると、そのあとは緩やかな勾配になる、

と聞いていたから、そういうことか・・と

妻の美沙はある程度の覚悟はしていた。


しかしメイ子の出現で久しぶりにインドのデリーでの記憶が少し戻ったようだった。

美沙は、そのデリーの頃のアルバムを持ち込んで、

特に人々との集いの場面から説明をした。


「メイ子ちゃん、ほらまだ五歳くらいでしょう・・こんなに小さくて、

貴方をあの頃のアニメ映画のトトロに似てるって、体によじのぼったりしてたでしょう?」

「トトロ・・あの宮崎アニメか・・・」

と彼の興味のある映画監督の名前を思い出していた。

「宮崎なんておっしゃったかしら?」

と、美沙はわざと聞いた。

「はやお・・だよ。宮崎駿監督」

美沙はしらばっくれて、紙と鉛筆を出し、

「その名前書いてみて」

と、鉛筆を差し出した。その日、翔一郎は「宮崎駿」の名を漢字で書いた。


美沙は理子と目配せして、

「パパ、トトロの絵を描いてよ」

と、理子に言われ、翔一郎はトトロの絵をゆっくりだが、それらしく描くのだった。

「パパ、すごい、さすがイラストレーターのセミプロ!」

理子は大きな声で喜びを表した。

翔一郎はその理子の喜び様を喜んで一人の女の子の絵を描き足した。

「めいちゃんだ!」

そう翔一郎は言った。

そこにはアニメ「となりのトトロ」にでてくる愛らしい女の子の

めいちゃんの絵が描かれてあった。


                      つづく

☆☆☆お立ち寄りに感謝しています 沙也子



by akageno-ann | 2024-06-11 22:54 | エッセ- | Trackback