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小夏というミカン


この季節も小さな花たちが
朝の挨拶をしてくれて
目覚めがうれしいです

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暑い暑いと報道されると
そんな気にもなりますが
まだまだこれから

😸のさやかは涼しい場所を
探すのが上手です

私も風のある場所を探して
まだエアコンなしでいます



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ふるさとからの小夏というみかん
関東ではニューサマーオレンジと
いうそうです。
九州では日向夏といいますね

さわやかな酸っぱさがあり
主人が焼酎に檸檬の代わりに
入れると美味しいとのこと

私も少し試しました
美味でございました



小夏というミカン_c0155326_09132860.jpg

この紫陽花はこうして
真ん中は日焼けしてしまったのか
こんな咲き方なのですが
ちょっと可愛いです


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小説を書いています。
 お時間ある方はmoreへ 第四章3話です
    転載はご遠慮ください(_ _)  藤原沙也子

小説の最初のブログはこちらからです→→☆☆☆






 その3

 美沙と理子、そして時折メイ子との三人の集いはそれからも続いていた。

メイ子は律儀な礼儀正しさを持っていて、それはやはり両親によって授けられたものらしく、

日ごろ美沙がご馳走する食事に対するお礼のようであるが、理子をコンサートに誘ったりした。


メイ子自身ピアノが堪能らしく、本人によれば、デリー時代に美沙が弾く

ピアノに大いに刺激を受けた、ということであった。

幼かった彼女を思えば、その後彼女にピアノのレッスンを熱心にさせたのは

おそらく母よう子であっただろう、と想像できた。


よう子こそピアノもダンスもとても得意で学校行事に活躍していた。


いずれにしても、子供は親によってよりよい方向に導かれることを、美沙は痛感した。

よう子自身が少し子供っぽい性格であったように思い込んでいた美沙は、

今 理子という同じように一人娘を持ったときに、自分こそ、

彼女の本当の苦悩を理解していなかったのだ、と思われた。


人とのかかわりで大切なのは、似たような人々との関わりよりも、

全く違ったものを持つ人との関わりの中から新しい感覚を得ることが多いことであった。


夫の翔一郎が脳梗塞と言う病を得てからも、余計に新しい人々との関係が増えて、

始めは戸惑いと不必要なほどの悲しみを喚起させられることもあったのだが、

次第に落ち着きを取り戻し、その人々からの大きな支援を素直に受けられるように

なっていったことも感じていた。


そんな折のメイ子の出現は、インド・デリー時代に少しひとりよがりになっていた

美沙の感覚に新しい空気を入れてもらえたようで、人生の一つ一つのできごとは

運命だと思って受け入れていく方が感覚が豊かになっていく、

と感じられて、ふと幸せになった。


最近全く行かなくなっていた、コンサート・・・・・。


めい子がチケットを持って来てくれたのはチャリティコンサートで

ピアノや声楽を織り込んだ国内の人気オーケストラのファミリーコンサートで

東京オペラシティの武満徹メモリアルホールでのものだった。

気持ちも高揚させて、そのコンサートが素晴らしかったと、

帰宅した理子はメイ子をすっかり姉のように慕っていた。


携帯電話のメールアドレスも交換していて、二人は愉しくメール交換をしていたのだ。

このようなことをメイ子の母 よう子はどう思っているのか、

美沙は在外の平田家に夫への見舞いの礼状を出すことにしていた。


                       つづく


 ☆☆今日もありがとうございます。良い週末をお過ごしください。




by akageno-ann | 2024-06-15 19:05 | エッセ- | Trackback