紫陽花に招かれて








第4章その9
美沙が久しぶりに手にしたのは 『アンの愛情』だった。
アンは孤児であったが、マリラとマシュウという養父に引き取られて
熱心に学業を修め二人にとってかけがえのない養女として成長していった。
本当は力仕事を手伝う男の子を養子に迎えるはずだったマリラとマシュウの
兄妹はこのとんでもない間違えである女の子との取り違いに大いに困惑する。
だがアンの持つ明るさや素直さ芯の強さと賢さ そして何より優しい思いやり
ある心に次第に魅かれていくのだ。
美沙は中学校の国語の教師であったので、生徒にこの物語についての解説を
何度も行っていた。
全編に流れる旧約・新訳聖書の教え、カナダプリンスエドワード島の風物と風習
一九世紀後半から二十世紀前半の歴史的背景、文学的作品の参照は単なる物語の
展開に終わらない、深い道筋を読者に与えていることを生徒に知らせたかった。
『アンの愛情』を三日ほどかけて読み終えようとすると終章近くに、
重篤な病にかかった幼馴染みのギルバートブライスの傍らにいることができなかった。
アンはそのとき初めて、ギルバートこそが深く愛し合い人生を共に歩む伴侶である
ことに気づくのであるが、そのことに気づくことがあまりに遅すぎた・・・と
深く悔やむ彼女がいた。
アンとて人の子、甘い恋に身をやつし、ギルバートの心からの求婚に気づかないままの
年月を過ごしてしまっていたのだ。
だが、ギルバートはその病から復活の兆しを見せたと、長い夜を一睡もせずに祈った
アンがその事実を知ったときアンの唇に浮かんだ句は旧約聖書詩篇三十章五節
『夜はよもすがら泣き悲しんでも、朝と共に喜びが来る』であった。
美沙はこれまでの様々な悲しみの出来事の後に必ずこの言葉を唱えていたことを思い出した。
もしかして今のこの状況からもまた新しい喜びの朝がくるのだと・・・・・。
そう思えそうな自分がそこにいることに気づき、
ほんの少し若やぐことができたように思えるのだった。
☆☆☆第4章を終わり、次回は第5章に入ります
by akageno-ann | 2024-06-21 21:31 | エッセ- | Trackback