アンと共に
ふと美沙は、
『間もなくこの家で翔一郎との新しい暮らしが始まる』
と覚悟している自分自身が嫌になった。
覚悟というのはある意味拒否的な思いを封じ込めるということなのだ。
それは、本当の意味での前向きではない。
仕方なく、という思いはすぐに辛さに繋がるのだ。
だが、しかし、義母信子と娘の理子とで これまで翔一郎が受けてきた
リハビリ病院のような行き届いた介助や看護ができるはずもなく、
人の手を借りるように市の行政へ手続きはとっているが、
全てが新しい人々との関わりかと思うと、正直心に思いおもりが
ぶら下がったような気分だった。
不思議なもので、病院へ通うのを大変だと思った時期もあったが、
慣れてしまうと病院から帰宅して自分の時間が
たっぷりあることにも気づく。
理子とて父親と病院でべったり過ごしても、あとは普通の中学生
の暮らしをしている。
そして理子は高校もそのまま現在在籍してる私学にそのまま通う、
という結論を出していた。
そのことは理子の祖母にあたる信子をほっとさせたのだ。
理子は少し親孝行を考えて、公立を受けて移る気持ちもあったようだが、
友達と別れる辛さと、そのままその大学の芸術科という
自分の行きたい科への入学も諦め切れなかったのだ。
その上にそのことについて 理子が姉のように慕うメイ子に
『理子ちゃん、無理してはだめ。親に甘えられるところは甘えて、
その上で自分のできることで親孝行した方がいいわ。』
と、いう言葉にも素直に従えたのだ。
そんな理子を愛おしいと思いつつ、『赤毛のアン』のアン・シャーリーも
また大学進学を一時諦めて、養父マシューが亡くなって、
家を人手に渡そうとした養母マリラを引きとめて、
小学校で働きながら一緒に住むことを決意したことを思い出していた。
理子もおそらくその本を愛していたから、ここは自分の家族を大事に
思うあまり考え付いたことだったはずだ。
そんなことを考えながら、美沙は『アンの夢の家』を読み進めていた。
それはアンの新婚時代にギルバートと移り住んだ グレンセント村という
海辺の村での生活が克明に書かれていた。
今は、その本の中の、若い頃にあまり心を砕かなかったレスリー・ムアという
美しい隣人の話に強く興味を引かれた。
レスリーは若く美しい女性だが、その背景が暗くそのままに
心を閉ざしたようなところがあり、幸せな新婚のアンに
哀しい目を向けるのだった。
アンは持ち前の好奇心と自然な優しさをもって彼女と接するのだが
なかなか心は打ち解けないままだった。
だがアンはここで最初の子供を死産してしまう。
神をも信じられなくなるアンを複雑な思いでみつめ、
アンの深い悲しみを受け止めようとするレスリーを
やがてアンの方が本当に心から受け入れるようになるのだ。
レスリーには、病気の夫がいたのだ。
その夫の話に、今美沙は我がことを重ねてみるのだった。
つづく
☆☆長い章になりました。お読みいただき
ありがとうございます。
by akageno-ann | 2024-06-26 05:18 | エッセ- | Trackback