日常に帰る
その6 退院
翔一郎の退院は二週間後、と決定された。
最近の病状も安定し、発熱することもなく、血圧は降下剤を服用しているが
平常の血圧を保っていた。
これで再び高血圧を起こすと大変危険な状況になるとも言われ、
この薬の服用は大切なことであった。
日ごろの生活はとにかく自分のことを自分でする、という積極性を
持たせるべく家族を介助するようにという課題をもって主に
美沙と理子を中心にした介助の訓練がリハビリ病院で行われた。
翔一郎の母信子は家の改装のためにいつも家にいて
その成り行きを見守っていた。
こちらもまもなく完成であった。
一番力を入れたのは風呂場と トイレの改装だった。
翔一郎は立てるようになっていたので全く力の入らない左半身を
庇うにはどちらも支え棒が必要であった。
体は筋肉こそ落ちてはいるが、身長百七十センチ
体重六十キロの体躯を女手で支えるのは大変なことだった。
しかし良く観察しているとリハビリ病院での介護士の女性は
上手に介助して無駄な力を使っているように見えなかった。
「全部を支えようとするのではなくて、ご主人の出せる力を
引き出すような支え方を工夫してきましたのそれを教えますね。
理子ちゃんも結構手伝ってくれてますから、大丈夫。
お父さんも理子ちゃんに手伝われるときっとやる気が出てくると思いますよ」
と、その介護士に助言されて二人は笑いながら
「頑張ります」
と、特に理子は元気よく応えた。
理子は家庭生活の復活を楽しみにいていた。
大変であるということもおそらく大人のようには考えていなかった。
ただ父翔一郎がこの家に戻ってくることをひたすらに楽しみにしていた。
この家は 父がいて初めて安定した家族なのだ、と高校生になる理子は思っていた。
父は今までのような父ではないが、それは身体的なことで、
父は今までよりももっと優しく理子を愛してくれていると感じていた。
これからくる大変なことを普通のことと思える日が来る、
と、理子は漠然とではあったが感じられたのである。
つづきます
by akageno-ann | 2024-07-02 09:47 | エッセ- | Trackback