そして雨になる




第七章 その1
四月の春らしい穏やかな夕刻に片山家は煌々と灯りをともし、
いつもよりも華やかな玄関の生け花も訪れる人の心を
励ましているようだった。
花の好きな翔一郎の母信子が知り合いの花屋に頼んで
持ってきてもらった黄色を主体にした春の花たちが
その日の片山家を一層賑やかにさせていた。
「黄色のチューリップ。素敵ですね」
訪れた人々もその美しさに目を輝かせていたのだ。
その日の客人は美沙の考えで現在の翔一郎を支えて
くださる人々を招待していた。
インド・デリー時代の友人の一人娘メイ子はこの日
家族側に加わってくれていた。
扶川夫妻は片山家の隣人で一番親しく、翔一郎を案じ、
片山家の三人の女性たちを心から支えていた。
この日も扶川夫人はきれいなちらし寿司を重箱に
美しく詰めて持参してくれていた。
いつもヘルパーとして来てくれている井上さんはこの日も
仕事として参加してくれていた。
そしてこの日翔一郎が最初に担ぎ込まれた病院の脳外科医
本多氏がスペシャルゲストとして招待されていた。
本多氏は中堅の四十歳になったばかりの医師で、本来ならこのような
個人的な付き合いはできないと考えるであろうが、
美沙は翔一郎が今こうして誕生日を迎えるにあたって
命を救ってくださった人だと考えていた。
彼が当直でなかったら、おそらく翔一郎はここまでの
回復は無理だったのではなかろうか・・
それは医学的にというより直感的に美沙には感じられたのだ。
本多氏がこの日ここへ参加したのにも期間をかけた
美沙との心の交流があった。
とりたてて親しくしたいというのではない、
一人の人間が生き延びたということに大きな力を
差し出してくれたことへの深い感謝を現したかった、
という美沙の真意を本多氏は受け取ったのだった。
そしてその夕刻からゆったりとした心のこもった
片山翔一郎五十六歳の誕生日が行われていた。
そのアニバーサリーのメインに、
美沙はデリー時代の古いビデオテープを用意していた。
by akageno-ann | 2024-07-21 07:48 | エッセ- | Trackback



