熱中症対策

第八章 その1
翔一郎のバースデーパーティが行われて一週間が過ぎた。
その時の翔一郎の元気な様子に参会者たちは一応の安心をしたが、
実際の病状にはそれほど大きな快復はなかった。
美沙もこの脳の病が奇跡的な電気ショックを与えて
一度に快復する様な病でないことはわかってはいても、
様々な形で刺激を与えて少しでも脳内の新しいシナプスの
発生を狙っていた。
脳内の情報交換の為に必要なシナプスは翔一郎の場合
発症と同時に多くのものを失ったが、医学的にみてもまだ
解明されていない可能性の中に、その新しいシナプスの
誕生があると聞いていた。
だからまだまだこのように回復中の翔一郎の脳のメカニズムは
もっとよくなっていくと思わないではいられなかったのだ。
医学的なことはわからなくても、一人の患者と
日々向き合っていると何か彼の脳内の消滅したと思われる
部分でも刺激を継続的に与えることによって回復しようとする
メカニズムが出て来るのかもしれない、と感ずるのだった。
そんな風に日々を諦めずに暮らしている美沙や理子の家族に
突然の申し出があった。
平田メイ子が下宿させてくれないか、と言ってきたのだ。
メイ子は女子大学の四年生に進級し、就職活動たけなわな
時期になっていた。
彼女は両親の気持ちを汲んだのか、中学校の教員を目指していた。
その教員試験は夏に予定されている。
そんな大事な時期に今までの暮らしを変更することに
美沙はもちろん反対した。
「メイ子ちゃん、私たちへの気遣いはそんなにしてはいけないわ。
ここまでもどれほど援けていただいたことか。
どうかこれからは貴方の為に時間を使ってくださいね」
そう美沙は丁寧に諭した。
しかしメイ子は気持ちが強く固まっていて、
しかも両親にも了解を得ているという。
「これは私のお願いなのです。一人の暮らしは寂しく、
味気なく、いつもこちらへお邪魔して理子ちゃんと
一緒にいられると私はもっと頑張れます」
傍らにいた理子は目を輝かせている。
美沙は心の中で
『世間というのはそう簡単なものではない』と呟いていた。
だが、そのときメイ子を後押ししたのが信子だった。
信子はメイ子とまだ一年足らずのふれあいでしかなかったが、
理子と同様に彼女も可愛がっていた。
こんなことでこのような大事なことを決めていいのか?と
美沙は深く悩んだが、
「では私は平田先生と国際電話でお話してみます」
とのみ告げて、そのメイ子の申し出を保留することにした。
つづきます
※オリンピック観戦も忙しく
暑さ対策忘れずに過ごしましょう。※
by akageno-ann | 2024-07-30 09:41 | エッセ- | Trackback