朝顔と備え
その7 「なるようになる」という思い
翔一郎の住む街は母信子の時代に建売分譲住宅として
購入したものであった。
そこで翔一郎は学生時代をすごし、やがて家庭をもって
二代目として年老いた母と同居をしている。
それと同様にその住宅地全体が確実に皆、老いて来ている気配があった。
そのことで街の機能が少しずつ滞るようなことも増えたが、
若い者たちの手で少しでも住みよい街にしようとする
話し合いや、年配者も楽しく積極的に人と交流する場を
増やすような雰囲気もできてきていた。
それに加えて、翔一郎のように一足早く病気を得て年を
重ねていかざるを得ない者たちの存在も少しずつ増えていた。
互いに援けあって過ごす時代がやってきていた。
しかし助け合うといっても知らない者同士は
なかなか意思疎通は難しい。
お金を支払って行ってもらう介助の方が互いに
長続きすることもわかっている。
美沙は年老いた義母の信子を支えて静かに生きたいと、
思っていた。
しかしその信子に経済的にも精神的にも頼っている自分に気づき、
哀しい現実を受け入れなくてはならないことを苦慮していた。
だが、理子の成長はその嫁と姑という微妙な関係に
大きな明るい光をもたらしてくれていた。
幸い夫の方はあと二年の病気療養中のまま休職の措置がとられ、
給与の一部が支払われていた。
「なるようになるのだから・・」
と、自然な流れに逆らわないように美沙は過ごすことにしていた。
このままやがて退職する翔一郎に代わって、自分が非常勤の仕事を
しっかりやっていけば、成人する理子を待って、なんとか生活は
同じように続けていけるはずであった。
もちろん、夫の退職は早まるかもしれない。
それは彼の復帰の可能性の有無に寄るものだった。
幸い、何気なく入っていた生命保険も役立ってくれている。
娘のための学資保険もある。
障害者年金も手続きをしようと思っていた。
たくさんの問題を抱えながらも、人生は前向きに過ごしていきたい。
そう願う美沙だった。
少なくとも家庭には笑顔がほしかった。
そこへ前途洋々の平田メイ子が加わってくれたことは
大きな喜びであった。
小さな喜びを大きく育てていくことも、この暮れなずむ町での
暮しに必要不可欠なことだった。
美沙は時折ほんの少し頭痛がしたが、自分の心のケアも
していかねばならなかったのだ。
ただ自分が倒れたらいけない、などという切羽詰った
思いをもつことは止めていた。
『なるようになる』
彼女のこの思いはそのときとても強いものになっていた。
つづきます
※暑いですねえ まだまだ熱中症の危険があります
コロナにも風邪にも気を付けてお過ごし下さい※
by akageno-ann | 2024-08-11 09:21 | エッセ- | Trackback