土佐紀行
その3 土佐紀行
高知空港に予約してあった介護タクシーに乗り込む前に、
一行五人はアイスクリンを食べた。
高知の名物ともいえる、昔ながらのさっぱりとした味の
アイスクリン。空港でも人気があった。
信子もぺろりと一つ食べ切っていた。
理子とメイ子も美味しいと盛んに食べた。
介護用の車は大型で車椅子ごと翔一郎を乗せ、
五人がゆったりと座席に座ることができた。
今日の宿は旧かんぽの宿であった。
五人全員が同じフロアで過ごせるように最上階の
特別室をとってもらっていた。
施設は広々としていて車椅子にも優しいつくりになっていた。
ここは温泉大浴場があるのだ。
その宿には親戚の若者が一緒に食事と翔一郎の風呂を
共にしてくれることになっていた。
仁淀川沿いの風光明媚な景色がどの部屋からも眺められた。
土佐の料理は進化している。果物も様々な種類が増えて、
文旦と小夏という可愛い蜜柑が贈答品では主流だったのに、
最近はメロンやマンゴーが姿を見せ始めた。
信子の親族が折に触れてそれらを送ってくれるので、
皆でふるさとを身近に感じつつご馳走になっていたものだ。
土佐の人々は客人を持て成すのが大好きである。
今はやりの突然の客を持て成すテレビ番組でも、
不思議と土佐人は気楽に良い返事をするような気がしている。
テレビに映りたいというよりも、今晩の宿がない、と聞くと
気の毒になってしまう性質なのだ。お節介なのかもしれない。
そして隣近所にも声をかけて酒宴になることが多い。
その日は片山家一行がやってくるというので、
本家の大広間で皿鉢料理をとって大宴会を準備していた。
少し遠方からも親族が集まってくれるという。
理子とメイ子は若い新参者として皆に可愛がられた。
人数が増えた片山一家をほほえましく迎えていた。
翔一郎の姿にも人々は自然に振舞っていた。
ここでは噂はすぐに広まるところだが、その姿でも
飛行機で戻ってきたことを高く評価し、翔一郎を
心の底からもてなすのであった。
理子とメイ子が目を見張ったのは、会場に用意された見事な料理だった。
信子も驚いて
「まあ皿鉢の様子が変わったわねえ。とてもお洒落になって、
しかもおいしそう」
その言葉に長老が
「しかし今までのと変わらんほうが良いぜよ。わしは前のが食べやすい」
と、言葉を挟んだ。
接待する若い女性がすかさず言葉を添える。
「今日は関東からのお客さんだもの、若い人もおるき、
少しはしゃれるよねえ」
と、皆を笑わせた。
ふるさとの人々がこうして集まるのも最近は随分少なくなった
ということだった。
つづきます
※「かんぽの宿いの」は 現在は亀の井ホテルに
代わりました。スタッフも随分代わり少し寂しいですが
仁淀川を望める宿泊施設はそのままです。
ここもまた新しい発展を願います。※
by akageno-ann | 2024-08-20 11:11 | エッセ- | Trackback