嵐吹く 西日本を案じます
終章 その1 土佐の持つエネルギー
「どうかな、片山先生、ここは元気がでるじゃろう?」
運転しながら北川はしきりに翔一郎に語りかける。
「高知の五月が私は一番好きじゃきに、この時期においでて
もろうてほんによかった!」
北川の土佐弁も懐かしくて後ろに座った美沙はその優しさに
少し心が締め付けられるような思いがした。
デリーで暑さに耐えながらも溌剌と暮らした
あの時代を思い出したからだった。
美沙はデリー時代ほんの少しの期間ではあったが、
この北川に思いを寄せたことがあった。
パリの旅の途中に偶然二人で出会った日に短い時間ではあったが
二人でサントシャペルを訪れて、ステンドグラスの薔薇窓を
ただ黙って二人で見た日のことが急に思い出されて目を閉じていた。
そのことを北川も覚えているだろうか?とふと聞いてみたくなったが、
あの日のことは互いに誰にも言わないという暗黙の約束があった。
「美沙さん、どうかな・・この土佐はとてもいいエネルギーを
発していると思うんだ。
本当によく来てくれました。お母さんもお疲れでしょう」
北川はそんな美沙の感傷を吹き消すように明るく話しかけてきた。
だが、かつてのデリー時代と同じように、美沙には標準語を使う。
そのことが美沙の心を不思議に優しく明るくした。
土佐の風景はまたあまりにも雄大で美しかった。
「本当にあなた、ここに住みたくなってきましたね。
お姑さん、ここへ戻ってきたいですか?」
はしゃいで話す美沙を、少し驚いてみている理子と
平田メイ子がそこにおとなしくいた。
そしてこれからまたこの家族は大きな変化を
していくことを感じ始めていた。
平田メイ子はちょうど大学生になったときに両親が
再び在外派遣教員として海外で暮らすことを望んでいることを
知ったときの複雑さを思い出していた。
そして今隣にいる美沙たちの娘理子がその時と同じ思いをしている
ことを痛切に感じることができた。
「自分は理子を心から支えていこう」
娘は必ずやその家からいずれ出ていく運命を背負っているものだ。
そしてそれもまた自分を解放し新しい人生を歩めることになる
ことを理子に知らせたいと願った。
車は道の駅という看板のある大きな駐車場に入っていた。
「ちょっとここで休憩しよう。ここのアマゴの塩焼きと
おでんがおいしいよ!」
そう北川が皆を茶店に促した。
その茶店の軒先に女主人が佇んでいる。
「いらっしゃい、おや北川先生。まあお客さん連れてきてくれたがかね。
ありがとうほうら見てみて、ツバメがおるよ」
そう指差す先に巣立つツバメの子供の顔がいくつも見えた。
つづきます
※今台風10号の行方を心配しつつ高知の人々も
息をひそめて暮らしています。
ひたすらに無事を祈ります※
by akageno-ann | 2024-08-29 17:40 | エッセ- | Trackback