かけがえのない日本の片隅から
その6 寺村の隧道
舞鶴にて下船し引き揚げ者の宿舎で弟満夫と二人不安でいっぱいな
気持ちで一晩を過ごし、明けるとふるさと高知に向かって出発した。
途中まで一緒だという引き揚げ者の大人の人が親切に教えてくれたり
地元の人々の優しさに触れながらどういう経路を辿ったのかは
記憶にないが、翌日高知駅に辿り着いた。
そこからは本当に二人だけで四国山脈を通る木炭(ガソリンでなく)の
バスで村まで無事に辿り着くことを祈りながらしっかり弟と
手を繋いでたっていた。
目的のバスに乗れたときはもう夜になっていた。
曲がりくねった山間の細い道で時折車掌が降りてすれ違いのために
バックする笛の音に満夫と震えるような思いだった。
小一時間経っころ、寺村隧道の手前で前方からトラックが
下りてきてヘッドライトを点滅させていた。
バスも静かに停車して運転手同士が窓を開けた
「そのバスに 孝之と満夫という男の子が乗っておらんかね?」
そう聞こえたので孝之は「ハイ」と大きな声で返事をした。
するとそのトラックから老女が二人転がるように
降りてきてバスに乗り移った。
狭く混んでいるバスであったが周りの人が
孝之たちのところまで老女を通してくれた。
老女は祖母とその妹の大叔母だった。
二人は孝之と満夫を抱き寄せて身体をさすり、
「ようもんた。ようもんた(よく帰ってきた)」
と涙を流した。
舞鶴の父伸之が電報を打ち夕方に受け取った祖母が
大慌てで家を飛び出し通りかかったトラックを
止めて強引に乗せてもらったのだという。
バスの中で皆がほっとした表情を見せ、木炭バスは
るさとの村に向かって走り出した。
この時代だったからこその奇跡のような話を
孝之は寺村のトンネルを通過する度に
深く思い出すのだった。
つづく
by akageno-ann | 2024-09-26 17:16 | エッセ- | Trackback