かけがえのない日本の小説
その8 母 都遊子
四国から上京していた都遊子の祖父が、初孫の誕生を知って
「ツユコ二セヨ」と 電報で知らせて来たのだという。
この漢字を知らせるには電報では難しかろう・・・・・。
孝之は本当かな?といぶかしく思っていた。
本当は「露子」と周囲は思って届けたが 急ぎ帰郷した祖父は
断固この字を主張したので母は楽しんで都遊子を名乗っていた。
しかし母は 露のように儚く40才で亡くなってしまった。
孝之 満夫が無事に村の祖父母の家に帰り着いて、休む間もなく
隣家の叔父について孝之は舞鶴の母を迎えに行くことになった。
叔父と一緒の旅は心強く気楽であったが、母の容体は心配だった。
病院を退院しても母は歩くことができず、叔父が背負って憔悴した
父伸之と荷物を抱えての旅路だった。
高知駅に着くと 母都遊子は 駅周辺の様子を、またバスに乗り込むと
窓から食い入るように見つめていた。
隣村の病院にすぐに入院させて父伸之の付きっ切りの看病が始まった。
それから一ヶ月後の8月、折から台風の通過するその日
父伸之が今後の仕事を得るために役場に行かねばならない日
代わりに孝之が母についていた
眠っていたかと思っていた母は突然「かあさん、かあさん」と
叫び目を見開いてそのまま息絶えてしまったのだった。
あとで思い返してもその日、孝之に排尿の訴えも何も一つもしなかったのだった。
夫である伸之には一緒にいてほしい、と それまで我が儘を言わなかった
母は願い、伸之もそれに従っていた。
そして母はそのまま逝ってしまった。その晩孝之は一人で病院の霊安室で通夜をし
父の帰りを待った。
つづく
by akageno-ann | 2024-09-30 13:18 | エッセ- | Trackback