秋の雨
長く楽しみにさせていただいていたブログが
休止になると、とても淋しいですね
70を過ぎていろいろと閉じなくては
ならないことがあります。
実家の片付けをしながら
自分の身の始末を考えると
両親が長く生きてくれたのだなあ
と、しみじみ思いました。
どれほど心配してくれたのかも
母の日記でわかります。
今朝は秋の雨で
ゆったりと片付けをしてます
デリーから送った手紙と写真が
丁寧にしまってありました
一泊実家に行っていた私を
大喜びで迎えてくれました。
猫も人に慣れますね
小説「仁淀川に帰す」は
第二章です。
お時間ありましたらmoreへ
またよろしくお願いします。
第二章
その1 教師への道
孝之は土木事務所に勤めはじめていた。
その頃山がちなこの村の道路拡張 トンネンル工事はまだまだ
夢の途中だったが隣の佐川村は 土木、特に港湾工事の神様と言われた
「広井勇」氏を輩出していた。
佐川村は村自体教育熱心な土地で 同じ頃に植物学者牧野富太郎氏もいた。
かつて儒学者伊藤蘭林の開いた名教館という学び舎で既に外国語にも
触れることができたようである。
自ずと村人の若い者たちは向学心に燃える者も多く文教地区という
誇りを持っていた。
広井氏は かつて津波に襲われた高知の浦戸湾の
湾岸工事から大きな影響を受け、未来の地震 津波などの被害から
守るべき技術を開拓した人であった。
札幌農学校にも進み 役所勤めから米国のミズーリ州に渡り
湾岸工事の指導もしていた。
孝之はそのような貴重な話も聞いては大きな刺激をうけていたのだ。
しかし意気消沈していた父孝之は後妻由岐と共に大崎村の
小、中学校の教師として新たに意欲を持ち始めていたところで、
孝之にも師範学校入学をを薦めていた。
孝之はそのことに抵抗しながらも試験だけは受けざるを得なくなっていた。
つづく
by akageno-ann | 2024-10-08 12:58 | 老育 | Trackback






