秋を見つけて黄昏れる
その7
孝之の下宿先は町の神社の神主の自宅の二階だった
間もなく東京の國學院に進む長男の部屋が空くとのことで
その家の親族が孝之の真面目な教師ぶりを見込んで紹介してきた
近所の薬局から嫁いだというその家の主は戦後すぐに宮司だった
夫に先立たれて息子が跡を継ぐまで自分が神職の資格をとって
神社の全てを切り盛りしていた。
薬師の娘らしく 町内の人々の健康にも気を付ける優しい人柄が
人々を神社の為に奉仕する気持ちに向かわせていた。
夫の宮司は戦後 床屋で小さな切り傷を負い、そこから化膿して
丹毒と診断されたがペニシリンが間に合わず、立派な体躯の人であったが
時代が彼を早逝させたのかもしれない。
國學院の学生時代はワンゲル部で日本の山をあちこち登っていた。
妻のかねは 高知の女学校を終えて家業の薬局を手伝っていた。
町の神社には毎日のように境内の掃除に行って奉仕をしていた。
かねはあの頃の女性としては160センチ近くあり学校で整列すると
いつも一番後ろであった。
そのためか少し身体を前に屈める癖があり、両親が縁談などに障ると
心配していた。
しかし180センチもある体躯の神社の跡取りに見初められて、
新婚時代は神奈川の川崎であった。
高知に戻ったころから時代は太平洋戦争のただ中に向かい
娘のしのぶは女学校の疎開先で終戦を知った。
そして彼女は宮司を引き継いでたった五年ほどだった父を失うことになった。
「お父さんが白い装束で迎えに来る」と言いながら父は静かに息を引き取った。
先代の宮司の夢を見たのであろう。
父は國學院で学び国語の教師の資格をとり
川崎の中学校で先ずは教鞭をとった。
その頃故郷の先代宮司が元気であったのだ。
川崎で一姫二太郎に恵まれて 娘が小学6年生 息子は5年生の時に
神社の先代の宮司の病の知らせを受けて、昭和16年に高知に
もどったのであったが数年後に終戦を迎え、その直後のことであった。
宮司としては短い期間であったが、祝詞をいくつも遺していた。
その娘しのぶがやがて孝之と結婚し、上京することになるとは、
母親のかねはふと家族の歴史も繰り返す、と感じていた。
つづく
by akageno-ann | 2024-10-23 17:26 | エッセ- | Trackback





