池袋界隈にて
その3 家を持つ
東京の家は今まで伸びやかに過ごしていた時と違って
他所の家族に迷惑をかけないように、声をひそめさせる場面があり、
幼い亜実が「おかあちゃん、ア~~って言ってもいい?」
などと許可を得るのがかわいそうだとしのぶは感じていた。
夫の孝之はその頃許されていた家庭教師をして東京での暮しを
少しでも楽にできるように頑張っていたので帰宅が11時頃に
なることも多かったのだ。
切り詰めた暮しをしながら孝之としのぶはこの東京に家を
建てようとしていた。
20代で東京の23区内に一戸建てを持つというのは無謀な夢だが
若さはそれを現実化する力があった。
元より高知を後にしているのだから親にも助けは求められない。
だが しのぶの母だけは全てを察知して少しの援助を申し出てくれた。
そのかねは、いずれ自分もその家に遊びに来させてほしいという
素朴な願いが込められていた。
住宅公庫の人の指導も親切で 文字通り猫の額のような庭のある
30坪ほどの土地を借地して二間だけの小さな家を持つことができた。
まわりは畑と牧場も見えて今ではその面影すらないが、
東京都下という感じの場所であった。
何より気に入ったのは公立の小中学校が近いことであった。
やっとの思いで出来上がった家の中で亜実が大喜びで駆け回った
ことが夫婦の喜びだった。
そして直に、かねが大きな荷物を持って遊びに上京してくれた。
かねは池袋がたいそう気に入って以来一年に一度上京し
家族を喜ばせてくれた。
日頃高知の神社の仕事で忙しいかねの唯一の憩いのひとときが
そこにあったようだ。
by akageno-ann | 2024-11-07 08:31 | エッセ- | Trackback