思いがけず紅葉
その5
高知を出発するとき孝之を見送りに来た人々は
新人だったときの校長、淵田先生、同僚の若い教師たち
師範時代の友人 そして短い間だったが着任した小学校の
教え子やその親たちだった。
淵田先生は
「まだどんな教師になるかわからん新人教諭」と
厳しい口調で孝之を着任式で紹介した人だが、
そこでの2年間を見て孝之の真面目さは理解してくれたようだった。
その後3年は別の村の小学校に赴任したのだが
そんな訳で上京する孝之のことを噂に聞いて
「頑張ってこいよ。」と励ましの言葉と土佐名物の鰹節を持たせてくれた。
この頃東京というのは高知駅からいうとまるで外国へ行くかのような騒ぎであった。
誰よりも熱心に言葉をかけてくれたのは孝之と同年くらいの教え子の母親だった。
「先生、私も絶対に東京へ行くきね。」
彼女はその頃から盛んに小説を書いていたのだった。
やはり満州からの引揚げ者で読書家の気丈な女性であった。
広告の裏を利用して作家活動を始めた頃だったと思う。
高知駅には様々な思いを募らせながら次は自分が主役になるのだ、
と密かな闘志を持っていた人もいたのだった。
教え子たちは泣いている子もいて、孝之はこの子たちを置いていくのだ、
という寂寥もあった。
このとき最初の教え子たちとは年齢は10才と離れていなかったのだ。
つづく
by akageno-ann | 2024-11-11 17:27 | エッセ- | Trackback