晩秋を愉しむ

その3
「ふるさとはありがたきもの」
との言葉につくづくそう思う、と孝之は東京で頑張りながら
知らず高知での出逢いに感謝するのだった。
高知は四国の一つの島なのだ そこから大海原に飛び込みたい
思いに駆られ先人を頼って上京した。
一旗揚げたいという意識は少なからず持っていた。
しかし東京の小学校で教え子たちと接していながら高知で別れた
子どもたちを優しく懐かしむ思いが強くなっていった。
きっと大人になってゆっくりと再会する日が訪れるだろう、
と不思議と確信できた
その証しに高校を卒業した頃に上京するから家に泊めてほしい
という話がいくつもあった。
研修で二日だけ、とか修学旅行の自由行動で銀座で会いたい、
などそれぞれの希望に孝之は妻のしのぶや亜実とできるだけ応じていた。
高知から初めて出てくる東京には怖じ気づいていることもあった。
その頃はしのぶがすっかり東京になれて亜実と2人で宿舎まで
会いに行ってやることができた。
銀座のコックドールや不二家でご馳走して時間のある時は
帝劇を見せたこともあるそうだ。
しのぶも見たかったのだろう。
森光子の「放浪記」を見たのもこの頃だった、と後年話していた。
大したことはしてやれなくても子どもたちは皆
大人になっても良く覚えていてくれたようだった。
東京というところは実に魅惑的だったに違いない。
つづく
by akageno-ann | 2024-12-06 08:39 | エッセ- | Trackback





