聖夜とフォーレ




その5
神というのはそれぞれの心にあるもので それがどの宗教であっても
分け隔てするものではない、とかねはしっかりとした
信念をもって日々を過ごしていた。
神社の宮司に嫁いだことに責任を持ち、残念ながら終戦直後に
早逝した、夫の後を継ぐべく、神職の資格をとった。
あの頃の女子に対する差別などいろいろあったであろうが
夫建夫や その恩師から受けた支えを大切に、地道に神社とその地域の
人々のために尽す人であった。
身長160センチのかねは子どもの頃からその背の高さを引け目に感じていて少し
猫背に暮らしていたが、結婚した夫建夫が180センチもあったので
川崎での暮しの中ですっかり自信を取り戻し朗らかに暮らしていた
折口氏を師と仰ぐ夫に従い書生たちとの暮しで結婚されていない
折口氏を時々家に招いて食事を差し上げていたという。
美食家というよりも健啖家で出された馳走を実に美味しそうに
召し上がる方であった
ひととき折口氏の甥にあたる方を下宿させていた縁もあり、
氏はそのことをとても感謝してくださっていた、
と後にしのぶは聞いていた
そんな折にしのぶが生まれて氏は名付け親になったのだという。
子育てが少し落ち着いた頃、何度かかね夫妻を歌舞伎に
招待してくださり初めての歌舞伎観劇にとても緊張したことを
孫の亜実たちに話すかねをしのぶは楽しく見ていた。
しのぶとて折口氏の印象は少なかったので母かねの話から想像するのだった。
しかし國學院に入学し 折口氏に傾倒して源氏物語を研究した
弟瑞井(みずい)は晩年の氏の研究に少し携わることができた
ことを誇りとしていた。
瑞井は神社の宮司としてまた私学の国語の教師として静かな一生を送った。
つづく
by akageno-ann | 2024-12-10 19:07 | エッセ- | Trackback


