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卆寿に学ぶ


この時期の月は長く空に見えて
笑っているように感じます

穏やかに来年は迎えたい

そんな風に
昨日のことぶき会の
お話に思いを馳せています


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卆寿の方が乾杯の音頭を
とってくださいました。

夫人は13年前に他界されて
それから1人で何もかも
家のことをこなして
いらっしゃいます。


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近隣の桜が古木になって
気を付けて歩いています。


その方の夫人とは生前とても親しく
していただいていたので、今も
何かとご一緒させていただいてます。

何をされても楽しそうで
そして最近は飲み会の時は
「送り迎えお願いします」と
丁寧なメールをいただき

そしておしゃれなお菓子など
ご用意下さいます。


親族にもご近所にも
卆寿を越えられる方が
多くいて、皆さんの見事な
生き方に感動し、学びます。



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昨日の会合はカラオケの会でした

会食をして楽しく歌って
皆さん来年もお元気に・・・と
暮れのご挨拶をしました。

この穏やかな月の光に
平和を祈りました


小説「仁淀川に帰す」の
第4章 その6です
続けてお読みいただき
感謝いたします。

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 その6


ある年の春祭りの前夜 神社は浮浪者の火の不始末に

よる火災が起き、本殿を焼失した

そのとき真夜中の事であったが先ず、かねが気がつき 

宮司の瑞井が本殿に飛び込んで御神体を救い出した。 


すぐに消防自動車が駆けつけてくれて大きな類焼はなく

心配された裏山への影響はなかったが、

本殿は建て直しが必要となった。

御神体も無事であったが、最初放火の疑いもあり

宮司は深く憂えたという。

かねはとても心配していた。

しかし春の大祭は寒い2月であったにも拘わらず

報道に心配やら様子を見たいと思ってくださった方たちで

多くの参拝者がみえたのだ、とかねは言っていた

東京のしのぶには心配をかけまいとすぐに連絡ななかったが、

他の親族から連絡が来てびっくりしてしのぶから

実家のかねに電話をした。


義妹の正子が「いっさい焼けてしまって」と先ず言ったので

心配は募ったが弟瑞井が冷静に報告してくれて

本殿を建て直さなければならないことを伝えてくれた。

しのぶたちは先ず皆が怪我もなく無事であったことを感謝した。


それから数年を要したが地域の皆様の力添えを得てまた

親族もできる限り支えて耐火建造の本殿は甦った。


とにかくも あの静かな物腰の瑞井が御神体を救ったことは

後々神社の大きな支えになった。

神の傍にいると思いもかけぬ出来事に出会うことがある、

としのぶは心配した。

戦後すぐにしのぶの父建夫も川崎から帰郷して

宮司になって数年で亡くなっていたからだ。

そしてそのような懸念は杞憂には終わらなかった。  

by akageno-ann | 2024-12-13 10:41 | エッセ- | Trackback