師走中日
その7
第二次大戦の戦禍での 親族の死は幸いなかったのだが
戦後間もない南海大震災 や 台風による大雨などで、
命を落とした人々がある。
仁淀川は次第に堤防やダムの建設が進み氾濫も少なくなっているが
夜半のダムの放流のサイレンにはいつも脅かされていた。
しかし人々は神仏への祈りを捧げ平穏な日々を祈るのだ。
どんな時代にも自然災害や火事などがあり、
一つ一つに丁寧な暮しを心がけている。
神社を戦後宮司の夫を亡くしたかねは 一人夜回りもし、
しのぶたちはかねがいつでも起きているように思えて、
その責任感の強さを敬っていた。
あの強さはどこに備わっていたのか、高等女学校を卒業しても
友人たちと集うことも少なく、地域の人々と睦んで
その町の発展をずっと心に置いて暮らしていたのだ。
はじめは女一人で切り盛りしていけるのだろうか?と
ややもすれば批判的な目も向けられたであろうが
実に心の強い人であった。
そんなかねは 長男瑞井が宮司になり、妻を迎えてからは年に一度
しのぶのいる東京に出ることを唯一の喜びとしていたのだった。
日頃のつましい暮しの中で静かに貯めた小遣いもそこで大切に使っていた。
そんな彼女の生き方をしのぶもまた真似るように
東京での暮しを大切に進めていた。
つづく
by akageno-ann | 2024-12-15 16:10 | エッセ- | Trackback






