空に月に祈る
その8
折口信夫氏と文通を通してしのぶの母かねはずっと交流を持っていた。
しのぶの結婚の日に 折口氏よりいただいた市松人形や 羽子板
そしてお歌を掛け軸にしたものを床の間に置き そこに
夫建夫の若い遺影を立てかけ
新郎新婦をその前に座らせて記念撮影をした。
そしてその写真を氏に送っていたのだ。
一ヶ月もしないうちに既に病気で寝たり起きたりの暮しでいらした
折口氏が
「夫君の写真と私の歌の掛け軸など一緒に撮された写真に
生前の杉本君を強く感じ、その前に美しく成長された花嫁の
しのぶさんと立派な顔立ちの花婿を拝見できて
実に幸せに嬉しく感じました。」
と婚儀への祝いの歌に手紙が添えられていた。
その同じ年の秋に折口氏は66才で亡くなっている。
「この手紙は貴方が大切に保管しなさい。」
としのぶはかねに言われて、また瑞井の嫁の正子が
そのことを実に誠実に引き継いでいた。
かねが亡くなったあとも折に触れ折口氏の作品を儀式殿で紹介したり
神社の宝物として大切にしている。
大分あとになって、しのぶは母かねが神社の切り盛りや畑で忙しい
日々の中によく、そこまで気がまわったものだ、
と折口氏への思慕を感じていた。
それは同時に49才で急逝した夫建夫への深い愛情に
依るものだとも感じていた。
戦時中に氏が高知女子師範学校で源氏物語に関する講演をされる
機会に建夫とかねの家に寄られた記録がある。
つづく
by akageno-ann | 2024-12-18 12:37 | エッセ- | Trackback






