1月17日は30年前の阪神大震災のあった日でその日のことを鮮明に覚えていた。
妹が長男を産んで産休中だったので夫の出張中だった
前日から実家に帰っていた。
そのときの子どもが30才になっている。
私は当時非常勤講師の更新のための健康診断で浦和まで
行くのでやはり実家に泊まっていた
17日の朝五時半過ぎ 東京だったせいか微かに揺れたのか
私は目覚めてテレビを点けるとすぐさま地震のニュースに
切り替わっていた。
そのときはまさかあのように大きな地震だとは
思わずに私は浦和に出かけた

昼過ぎに健康診断を終えて浦和のデパートの電気製品売り場で目を疑うような惨状をテレビで放映し、人々が絶句しながら
画面に釘付けになっている場に、私も立ちすくんだ。
当時のワイドショーの中でタレントの間寛平氏が
「これはきっと日本中が大変なことになっている」と
思ったと後に語られた子とを思い出す
それほどに被災地は大変な事になっていたのだ。

先日九州と四国でも比較的揺れのひどい地震があって心配した。
なんとか大事には至らなかったが
しかし南海トラフなどの不安は高まっていることは間違いないらしい。
つい先ほども青森と千葉で震度3のテロップが出た。
とにかく水の確保といざというときの持ち出しの準備はしておきたい
最近すぐにログアウトになってしまい、ブログに伺ってイイねがゲスト扱いになってます(´・ω・`)
「仁淀川に帰す」小説はこちらから
その3
亜実はそれまでの一人っ子暮らしと違って弟正之の誕生で
長女としての自覚ができ、母しのぶが病弱なので一生懸命
手伝いをした。
当時は近所のお風呂屋さんが親切で小さな子どもの世話を
してくれるお姉さんたちがいた。
母親がお風呂に入れないとき
亜実は父孝之と正之を連れてその銭湯に行き、小学五年生になっていた
亜実が女湯で正之を洗ってやり湯船にはスタッフのお姉さんが
男湯にいる父孝之に正之を渡してくれて正之は安全に湯船に入った。
またそのお姉さんが仲介して女湯の脱衣所にある赤ちゃん用の
ベッドでしっかりと身体を拭いてベビーパウダーまで添付してくれて
亜実が準備できるまであやしてくれていたのだ。
ある日 女湯の洗い場で亜実の横にいた綺麗なお姉さんが
その様子をみていて
「お母さん、いないの?」と聞いてくれて「お母さん病気なの」
と応えると亜実の髪を丁寧に洗ってくれたことがあった。
母にそのことを話すとよかったね、と微笑みながら涙ぐんでいた
日のことを亜実はずっと覚えていた。
今もその銭湯はマンションの一角に小さくなったが存在していて、
良い時代だった頃を思い出すのだった。
人情のある町の暮しは東京にもたくさんあったのだ。
正之は亜実にとても懐いていて また人見知りをしない子どもだった。
そうして近隣の人々が優しく見守ってくれて2人は育っていったのだ。
つづく
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