実家が停電になっていた。近所の方の話では3日前から常夜灯がついていない
とのことで連絡をくれたのだ。
家に入って暖房も伝統もつかない状況の不安を感じた
そして被災地のことを思った
私もインド駐在中に停電は何度も経験しているが
このように寒さ厳しい中での停電ははじめて!
しかも東京ガスとおまとめ請求にしていると
東電ではすぐに対処してもらえないことがわかった。

幸い両親が懇意にしていた地域の電気屋さんが対処してくれたので助かったが、いろいろ学んだ。
原因はブレーカーのスイッチの故障で
部品の取り替えをしてもらった。
電気とガスのおまとめはよく考えないと
こういう突発事項がおこると
大変なことだ、と思った。
泊まりに行っている夜中でなくてよかったし、冷蔵庫のものも
大して入っていなかったものの寒い冬で助かった
この電気屋さんは近隣の困りごとにすぐ飛んで来てくれて
対処法をかんがえてくれるので皆頼りにしている。
両親も十数年前突然冷蔵庫が故障してすぐさまお願いしたら
その晩には新しい手頃なものを用意して中身を全部入れ替えて
くれたと何度も話していたことを思い出し、改めて感謝した
ネットなどで調べると知らない業者がすぐにでてきて
高額を取られるという話も聞いている
いろいろ覚悟して暮らさねばと思った。
NHK古民家暮らしより
「カールさんとティーナさんの古民家暮らし」の放映を見ました。
85才になられたティーナさんが「この生活を大切にしていきたい、いつ別れが来るかわからないから」との老夫婦の素敵な暮し方からも教えをいただいた
写真は新潟の竹処でゲストハウスを開いた中村さんが料理人を呼んで提供された地場産の食材をつかってのディナーです

NHK「カールさんとティーナさんの古民家暮らし」より
青葉の朴葉を敷いて簡素な
サラダが美味しそう
「仁淀川に帰す」小説はこちらからお読みいただきありがとうございます。
その4
亜実と正之のいる生活は活気に満ちたものになった
ただ正之は姉にたよる性格になっていることが孝之の不満の一つに
なった。
ある日着替えがうまくできないと泣いている正之にすぐに手を貸そうとする
亜実を「ほっておけ」と孝之は釘をさした
その言葉が亜実の心に変化をもたらせた
その日から正之の泣き声にいちいち反応するのをやめた亜実だった
そのくらい父孝之は家族の長として言葉厳しく指導をした
亜実は子ども心にも男の子の育て方を父は厳しめにするようになったと
単純に理解した。
ならば注意されないように弟の生活を見守る側になっていった
8才の年の差は準保護者のような気持ちにさせてしまったのかもしれない
今度はその大人ぶった雰囲気の亜実のことが正之は気になった、
というより気に障っていた。
孝之は終末はお菓子などの土産を買って帰ることが多かった
ある夜 ショートケーキを買ってきて食べようとしているときに
何が気に入らないのかわからないまま正之が愚図り始め、孝之は
「何を泣いているのだ」と廊下に正之を連れ出した。正之はさらに大声で泣き始めたが
亜実はだまってケーキを食べ始めた
そのとき「おまえは弟がこんなに叱られているのに平気で菓子を食べるのか」
と矛先が亜実に向かってきて「お父さんは弟が叱られているとき庇ったぞ」と
昔の満州時代の兄弟の話を持ち出してきた。
亜実は黙ってうなだれてケーキを食べることをやめた。
母は静かにそのケーキをしまって 亜実に勉強部屋に行くように仕向けてくれた。
そんな風に姉弟の暮しはすすんでいったのだった。
孝之は家庭での躾にかなりうるさい父親になっていた。
つづく
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