人気ブログランキング | 話題のタグを見る

初夏のような日の音楽会


4月19日 長女ご誕生の大谷選手夫妻
おめでとうございます。

誕生を喜びながらSNSに上げられた
娘への言葉

「僕たちを神経質にそして心配性にしてくれて」
グッときてしまいました。

子どもも孫もいない私たちですからこうした
他者からの言葉によっていろいろ学ぶのです



初夏のような日の音楽会_c0155326_17295145.jpg


今日実家に咲いていた
ベツレヘムの星と白バラ


初夏のような日の音楽会_c0155326_17385534.jpg


19日は初夏のような暑さで
上野は日本酒のフェスティバルや
日向ぼっこの人々でいっぱい

そのこを離れるとこのように
閑散としているところも



初夏のような日の音楽会_c0155326_17380003.jpg


そしてこちらは東京芸術大学
音楽科の構内のショパンの像

この日亡き友人のお孫さん
小川紗果さんたち
同声会賞という賞を
受賞された方たちの
ピアノ チェンバロ
ヴァイオリン ハープの

誠に豪華な演奏会に
伺いました


初夏のような日の音楽会_c0155326_17262375.jpg


前途洋々の若者たちの

熱演は一日経って尚
私の心を高揚させています


小説「仁淀川に帰す」
第七章 その4です

にほんブログ村 小説ブログ エッセイ・随筆へ






 その4


 正之が海外の大学を受けたいという希望を両親に話したとき

父親の孝之はけんもほろろな態度をとり

「日本でしっかり教育を積んでからでも遅くないではないか」

と、正之の希望を受け付けなかった


母のしのぶは柔軟な心の持ち主なので、なんとかもう少し

正之の気持ちを聞いてあげてほしい、と願ったがその機会を

作れないまま月日は流れていった。



こういうときの孝之は強行で自分本位になることを

しのぶも亜実も正之もわかっていた。


正之は特に男子に厳しいこの父から離れたいのかもしれなかった。


母親としてはその方がよい、とさえ思っていたのだ。



幼い頃から二人の関係に心を悩ませることが多かった。


 しのぶの父は戦争中に高知の神社に戻って宮司として務めていたが

戦後に丹毒という、理髪店でできた切り傷から入った細菌により

命を落としていた。


屈強な体格で 心は穏やかな 甘いものの大好きな父であったので

その性格とはかなり異なる孝之との暮しには随分と気遣いが多かった。



しかし教育者として熱心に務め 子どもたちにも自分のビジョンを

持って接していたのでそこは尊敬できていた。


何しろ公立の小学校の評判を調べて 孟母三遷のごとく

居住地を決める人であった。


そんな孝之に従っていた、しのぶだったが 正之の希望は

新しい生き方として叶えてやりたかった。


                     つづく


by akageno-ann | 2025-04-20 17:55 | エッセ- | Trackback