「たまるか インドの北部カシミールでテロがあったにかわらん
30年前は私たちもデリーから避暑に行きよったに
あの頃もパキスタンとの争いがあって物騒ながやったき
気いつけておったに
観光客の人らあが巻き込まれちゅう」

カシミールの風景
今年の朝ドラ「あんぱん」はふるさと高知の偉人やなせたかし氏の奥様をモデルにしています
朝から土佐弁が聞こえて嬉しく、私も主人に土佐弁でつい話をしています

しかし写真は私たちが行けた頃の避暑地カシミールのシュリナガルダル湖のどかな写真です
欧州人に大変人気の避暑地でした
先日NHKの蔵出しドキュメントで「天空の一本道」というチベットの人々が4000メートル級のヒマラヤ山脈を越えて買い出しに行く話を垣間見て
変わらない人々の素朴な暮しを思い出しました
世界はあまりにも多様化していて
その中に平和という文字がしっかりと見えてきてほしいです。
小説「仁淀川に帰す」は第七章 その6です
その6
亜実の教員生活は順調とは言えないが 5学年の4クラスある
他の先輩教員に支えられて多くの学びの中で経験を積んでいた。
学年主任の女性教師は亜実の祖母と同じく師範学校卒業の
実に優しく優秀な人であった。
先ず文字が美しく 透き通る声が教室に行き届いて
子どもたちを包み込んでいた。
ふくよかな体格であったが 身のこなしが素敵で
驚いたことには教員同士の卓球の試合で優勝候補だった。
ソフトボール バドミントン バレーと他校対抗の試合が
土曜日に結構行われた。
教員養成大学を一応卒業して一通り身につけていると言っても
先輩たちの経験値の高さを目の当たりにする日々であった。
特にその50才を超えている学年主任の女子のきめ細やかな指導には
祖母の語っていた「女子師範学校は厳しかった」と言う言葉を思い出した。
だから定年までやめる気がしない、とも。
自分はどれくらい続けられるのだろうか??
などとふと考えたりする亜実であった。
つづく
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