花火のような






その10
「ごめんなさい、」
正之が最初に発した言葉だった
「ゆっくり寝ていたわね」
母しのぶが応えた
その日亜実としのぶで病室に来ていていつものように
正之の手足をマッサージしていた
この頃のリハビリはまだ病院では始められていなくて
素人のマッサージであったが知人の経験者からいろいろ聞いて
家族で、できうる限りのことをしようとしていたのだ。
「僕は倒れたの?」正之の言葉はしっかりしていた
言語中枢は大丈夫のようであった
しかし左手が動かないらしかった。
しのぶは落ち着いていて
「お父さんに目覚めたこと知らせるわね。飛んでくるわよ」
とだけ語った
夕刻のことだった
亜実も仕事帰りに必ず見舞いに寄っていたのでそこに
いられたことに安堵した。
「正之、これからリハビリ頑張らないとね」
プレッシャーをかけるつもりはないが明るい雰囲気を作りたかった
父孝之もタクシーを飛ばしてまもなく病室についた
「お父さん、迷惑かけてすいません。
アメリカの方へは連絡してもらったの?」
「正之、よかった、目が覚めたね アメリカのホームステイ先には
英語の堪能な人に頼んで連絡してあるよ、父さんも少し話を
させてもらったら、親戚のように心配して下さった」
「ぼく、もう行けないのかな、アメリカに」
「大丈夫だよ すぐには無理だがそのことを目標にして頑張れるね?」
皆 彼にプレッシャーをかけたくなくて、今はこうして目覚めて
しゃべることができるという奇跡を神様に感謝したい気持ちでいたのだ。
「おばあちゃんがいうように すべて運命だから静かに従った方がいいのよ」
と、母は静かに正之に語りかけた。母方の祖母かねの心情を語った。
ここで命を落とさないでくれたことに、ただただ感謝したいのだった。
新しい明日は今までと全く違う暮しになる、あまり考えすぎずに
流れに任せながら、その上で正之の夢を目標にさせられたらと
家族は思うのだった。
涙に暮れそうになった夜が、明るい陽射しをもって明けたのだ、と
亜実は弟正之の行く末に自分もできうる限りのことをしていこう、と
決心するのだった。
了
☆小説「仁淀川に帰す」は第一部をここでひとまず終了します
また第二部を秋に書かせていただきます
ここまでお読みいただき感謝いたします。
藤原沙也子
by akageno-ann | 2025-08-27 12:44 | エッセ- | Trackback


