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折口信夫氏 岡野弘彦氏 を偲ぶ


日本の歌人 國學院大學名誉教授 岡野弘彦先生が逝去されました。
4月24日だったそうです。


民俗学者 国文学者 歌人である 折口信夫先生の最後の弟子で
いらっしゃいました。

折口氏の書生として昭和28年9月に氏が亡くなるのを看取られた、
と 聞いています。

その28年の1月に私の母しのぶは高知県で結婚しています

折口先生はその報告の手紙を病床で受け取られ
春まだ浅い頃お祝いの言葉に添えて

「婿のきみに 娘あずけて うらやすし
     我が名をとりて生ひいでし子を」 

と、歌をくださっています。

恐らく体調の良い日に岡野先生、他の書生さんに
支えられての書であったと思います

母方の祖父杉本建夫も長命であれば
ずっと支持させていただきたかったでしょう。
戦後すぐに亡くなったので
その時のお悔やみの手紙を
祖母がずっと支えにしていました。

今天界では岡野弘彦先生との再会を
静かに喜ばれているのだと
感じています。


折口信夫氏 岡野弘彦氏 を偲ぶ_c0155326_09500693.jpg
この写真を祖母は折口先生に
お送りしたとのことです






折口先生は昭和28年9月に66歳で亡くなられています。
私はその翌年の29年8月に高知県でうまれました。

小学校6年の国語の教科書に
「葛の花 踏みしだかれて色あたらし
     この山道をゆきし人あり 」 釈迢空の
和歌で初めて先生のお名前を知りました

母がこの方に名前をいただいたというのです。

夕飯前に国語の教科書を母と読むのが私の好きな時間でした

そんな風に初めて語る母の顔が嬉しそうでした。

以来 祖父も叔父も神主で歌人でしたから
なんとなく国文学に興味を持っていきました。

古文の文法も 中学の担当の御子柴先生が素敵な方だったので
夏休みの宿題を持って、叔父のいる高知の神社に一人で帰って
指導を受けました。

しかし国語教師になるはずが、なんでも学べる小学校の教師を
選び、文学を深めることをしませんでした。

源氏物語も万葉集も素晴らしい先生方に巡り会えました。

私は中村格先生に師事し、能の世阿弥の作品に心惹かれ
卒論は源平の武将の能の形象化をまとめましt。

急に今、あの学生時代が懐かしく思い出されました。

良き師に恵まれてもずっと継承することの大変さを感じます

岡野弘彦先生は生涯 国文学 和歌 を研究され 師の教えも
継承されています。

宮中歌会始の召人でもあり、今の上皇 上皇后様のご進講も
勤められています。

改めて敬意を表し 心からご冥福をお祈りいたします。

                      令和8年 5月1日

by akageno-ann | 2026-05-01 09:58 | Trackback