その2
思い出はふとしたきっかけで蘇り、今は亡き人がその場にいるように語り掛けてくる。
美沙はデリーの思い出を語るとき、いつも必ず怜子(さとこ)が傍らにいて、うなづいたり笑ったりしているのを感じていた。
怜子の言葉で一番大きな印象で残るのは
「美沙ちゃん、貴方ね、誰とでも親しくしようなんて思っちゃダメ・・例えばよう子さん、あの人と付き合うのは程々にしたほうがいいわよ。」
この言葉だけ聞いたら、なんて支配力の強い、お節介な人だと怜子を評する人がいるかもしれない。
でも怜子の言葉は美沙の悩みを常に言い当てていた。
こんな言葉を残したのも彼女が亡くなる半年ほど前のことで、彼女はこの世に残していく自分の愛するものを心から心配し、『もうかばってあげられないから』
とできる限りの力で思いを伝えているのを、その時は、そうとは知らずとも・・感じていた美沙であった。
デリーは不思議な場所で、日本人が突然放り込まれると、気取っている暇もなく自我をむき出しにせざるを得ない場面が多くあったのだ。
怜子は美沙にとっては誠実な人であったが、本人に言わせると 『私は結構な狸』だったのだ。
だから、デリー滞在二年目の怜子が美沙を子分のように従えるのを、周囲の者たちは好奇の目で見ていた。
そして二人が決裂するのも間もなく・・とある種の期待感も持っていたのだ、と今さら美沙は分析できる。
そうしながら、傍らにいるような怜子に
『私たち結構注目されて、みんなに楽しませてあげちゃったわね。』と、悪戯っぽく笑ってみた。
しかし、そんな時、思いの他急激に寂しさが襲ってくる。
私たちはもっと日本で語り合い、デリーでの思い出を語り合って暮らして行きたかったのに・・
『私のこと、覚えていてね。そして日本の色々なところへ連れて行ってね。』
と、怜子は亡くなる1ヶ月前に彼女の『アンの家』に二泊して過ごした最後の日に、スタールビーの指輪を美沙に渡した。
美沙は、何かを感じてはいたが、その時が二人のこの世でまみえる最後になるとは決して思えなかった。
だが、世の無常は、それが当然であるかのように、二人を引き離した。
その夏は異常に暑さが長く続くと言われた晩夏の明け方に、怜子の魂は昇天したのだった。
そのとき、間違いなく美沙に別れを告げて。
つづく→☆
by akageno-ann | 2007-12-01 14:46 | 小説