出発まで その2
片山美沙は都内の公立中学校で国語の教師をしていた。
夫翔一郎は埼玉県の小学校に勤務し、その年の海外日本人学校派遣の試験を受けていた。
二人は結婚して6年になるが、まだ子供をもたなかった。
家庭は翔一郎の母親との3人暮らしである。翔一郎の母も教員であったので美沙が勤めることにも協力的で家事の殆どは母の信子が受け持っていた。
傍目には美沙は気楽で幸せな嫁だったが、美沙にとってその家庭はまだ自分のものではなかったのだ。
翔一郎はそれを感じ取っていた。一人息子の自分と母親信子との関係はどうしても密になり、言葉にはできない、プレッシャーや寂しさを美沙に感じさせていると分析してた。
そんなところに、学生時代の親友がドイツのフランクフルト日本人学校に派遣されたと知らせをうけ、そんな制度も知らないでいたことに衝撃を受けて、悶々とする日々をこの年度初めにもっていた。
翔一郎の一人っ子としての習性なのか、『やりたいことはすぐさま行動にしたい、できる、』
と感じて5月にさっそくあった今年度の募集に応募したいと思っていた。
埼玉県の彼の勤務校ではまだ派遣に応募するものもなく、校長も熟知していないようであった。
当時市内では3人ほどの教員が現在の勤務校に籍を置いて、アジア、豪州に派遣されているようだと、校長はさっそく調査してくれた。
「片山先生、僕は若い人たちはこういう挑戦は素晴らしいと思いますよ、推薦状はしっかり書くから頑張ってみては・・ただ母上の信子先生をお一人にしてしまうのがどうなの?」
校長は、母信子の後輩であったので、彼女の気性を知りながらも、型通りの心配をしていたのだ。
「校長先生、母は喜ぶと思いますし、恐らく赴任地にも遊びに来るでしょう。
ではどうぞよろしくお願いします。」
と、その時はまた妻の美沙にも話していない状況のまま自分の中で決定していた。
『美沙も おふくろから離れるいい口実になる。』そんなふうに考えていたのだ。
その晩、夕食のときに翔一郎は母信子、美沙の前でこの海外への思いを告げた。
つづく→☆
by akageno-ann | 2007-12-04 07:50 | 小説