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デリーへの道 その2

成田を午後4時に離陸した飛行機は、途中バンコクでトランジット、一緒にここまで乗ってきたスリランカ組はここで乗り換えることになっていた。

初めて出会った人々も多い中で、また機内で親しく話すというのでもないのに、これから始まる未知の生活への不安が、互いの連帯感をつないで、およそ15人ほどの大所帯で空港待合室で記念写真を撮った。

皆一応に明るい表情をしていたが、平田よう子だけは幼い娘の明子を抱いたままひどく暗い表情であったのが美沙は気になっていた。
デリー組のもう一家族、山下文子は、ここでは二人の男の子を連れて気丈な明るさを示していた。

バンコクからデリーは4時間ほどのフライトで、そのとき既に現地時間、夜の8時を回っていたから、到着は真夜中になることは間違いなかった。

最後の機内食が出たとき、添えられてくるワインや、フォークナイフのセット、ジャム、バターの至るまで、美沙は食欲が落ちていたのを言い訳に、それらを使わず、そっといただいて、手提げカバンに忍ばせた。

ふいに明日からのデリーでの食事をどうするかが急に不安になったのだ。

こんなに行き届いた食事がいきなりデリーでできるかどうか自信がなかった。

パンは、ご飯は、そして夫のお弁当は・・・何度も反芻して考えていたはずの細々したことが、再び蘇り、すべて闇の中に落ちていった。

出発までの疲れがあったために一寝入りしたらしく、しばらくして、美沙はふと目覚めて機内から窓の外をのぞいた。

眼下は真っ暗でもう1時間もすればインディラガンジー国際空港に到着と言うのに灯りがないのはどういうことなのか?

暗黒の世界にでも降り立つような覚悟でもしなければならないように緊張感が走った。

機内では入国審査のカードが配られ、不慣れなのでガイドブックを読みながら記入していった。職業・・ハウスワイフ・・主婦と初めて書いた。

機内放送が流れて、いよいよ高度が下がる。もう一度眼下を見下ろすと、ほのかな灯りが見え始め、黄土色のような大きな建物が見えてきた。

その建造物からは太い広々とした道路がまっすぐに走っていて、そこだけが美しい光景だった。
インド門・・・パリの凱旋門のように素晴らしいものであった。

リンドバーグの「翼よあれがパリの灯だ。」の名言をふと思い出し、
「そうだ、ここも外国。きっと心ときめく素晴らしいできごとも待っているに違いない。」
と一抹の不安を心から追い出そうとしている美沙がいた。

夫は比較的冷静で、これから始まる日本人学校の教師としての人生にかなりの期待感を寄せている。しかし、すべてそのプロジュースは自分の肩にかかっていることをこのときはまだあまり感じていなかったのかもしれない。

日本からほぼ9時間かかった、ここまでのフライトによって、日本での生活は完全に過去のものになってしまっていたのだ。

機は着陸態勢に入った。

いよいよ美沙たち三家族は、インドニューデリーの地に降り立つことになった。
日本の地方の空港のような大きさのそれでもしっかりとした白亜の空港ビルが見えた。しかも蛇腹のゲートが飛行機のドアにつけられるようだ。

「ちゃんとしているじゃない。」 
美沙がデリーの地で最初に発した言葉だった。
小さく自分のために。

無事に着陸し、出口は開けられた。殆どがインド人の乗客たちが・・ざわざわと降り立ったあと、最後まで残された三組の教員チームが、客室乗務員の丁寧な導きで飛行機を降りた。

その降り口には二人の日本人が立っていて、

「ようこそ、デリーへ、お待ちしていました。」と迎えていた。

一人は航空会社のデリー支店長であり、もう一方が在インド日本大使館の領事だった。

その丁重さに驚きつつ、教員チームはぞろぞろと彼らについて、入国審査に向かった。

立派な建物で、新しく綺麗だった。どれほどその三家族の面々がほっとしていたか想像できないであろう。
新築したばかりのこの空港であったことはデリー初対面の彼らにはかなりの幸運であったといえよう。

1年前のこの空港はどこか小さな異国の古びた駅舎のようで、初めて到着した人々を恐れおののかせたと、今年の新参者は聞いている。

せめて玄関で『ぎゃふん』と言わせまいとするその堂々としたたたずまいは、美沙たちを歓迎するように感じられた。

つづく

by akageno-ann | 2007-12-10 08:47 | 小説 | Comments(4)

Commented by ロッキン at 2007-12-10 10:28 x
よう子さんがインドに向かう飛行機の中でどんどん落ち込んでいくの、わかるな・・・ 私だったら、きっとよう子さんみたいになっちゃうと思う。天職であった教師をやめ、まだ幼い明子ちゃんを連れてだもの・・・

でも、綺麗になっていた空港で盛大な歓迎をうけ、これから明るい未来にかわってくのかしら・・・・ね?

Commented by akageno-ann at 2007-12-10 16:44
ロッキンさん・・そうですよね・・子供さんを連れて異国の地・・というだけで・・すごく不安な心になってしまいます。
よう子のその暗さは続きます・・・
Commented by まーすぃ at 2007-12-10 17:27 x
わかります…飛行機に乗り込んだとたんに…日本の生活は過去のものになり…未来に、確かにやってくる現実、というのものに、一気に焦点をあわせていく自分…まさに、私も渡米の際、そういう思いになります…。

でもそういう切り替えができる点、そして、美沙さんの頭の回転の良さに感動です…。彼女の心の準備となおかつ、前向きな姿勢に…今後の展開に期待できます♪
Commented by akageno-ann at 2007-12-10 19:52
まーすぃさん、飛行機というのは次元を飛び越えるような感覚がありますね。美沙の気の回る感じがインドの暮らしに生きていくかどうか・・そこはとても疑問なのです????
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