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デリーへの道 その3

空港は想像以上にきれいで、白を基調とした壁も本当にまっ白い。

大きなエレベーターがあり、三家族の全員が乗ることができた。
一行と一緒に『ブ~~ン』と一匹の蚊が入ってきた。

美沙の夫の翔一郎が

「あ!蚊が」
と小さく叫んだ。
航空会社支店長は落ち着いた声で

「蚊はおります。」と応えた。
一同は思わず苦笑した。

蚊がすべてマラリアの媒体の蚊ではない。

なんと臆病なものたち・・・新参者の教員チームは一瞬にして自分たちがある種の畏れを持ってここへ到着したことを見破られてしまった・・と苦笑いになった。

だが、そのことを偉そうに説明するでもなく

「蚊はおります」とにこやかに言ってその場の雰囲気をとりなした航空会社支店長の風格は新参者たちに大きなエネルギーを与えた。

エレベーターも無事二階から、一階まで降りた。

片山夫妻と、平田久雄は、この時のことをその後もずっと覚えていた。

入国審査は外国人枠に並び、パスポート片手に係官の前にたつ。
一人ひとりに長い時間がかかり、これほどパスポートを裏も表もひっくりかえしてまじまじと眺める図は珍しいとヨーロッパにちょこっと旅行しただけの知識でも、美沙には異様に感じられた。

夫の次に並んでいたので、無愛想につったっていた翔一郎を見ながら、美沙は初めてここで会話するインド人に思い切り笑顔で接しようと決めていた。

[ハロー] と、明るい声で挨拶して、にこやかな表情で相手を見た。

係官は相好一つ崩さず、美沙が差し出したパスポートを片手で開き、顔はこれ以上ない、というほど胡散臭そうに・・見返していた。

「デリーは甘くない・・」と美沙が感じた瞬間だった。

到着ロビーを抜けて預けた荷物の出てくるターンテーブルに向かう。
既にインド人のスタッフが何人もいて、それが各家族に3人ずつあてがわれ、二人はカートを、一人は回ってくる荷物を持ち主に確認してもらいながら、順調に取得していった。

キビキビと動き、にこやかな笑みまで新参者の美沙たちに向けて、一家に二台のカートに積まれた大きなトランクや超過料金をかなり支払って持ち込んだ、ダンボール箱数個を出口に向かって押して行った。

そのあとをなるべく間をあけないように注意されながら、先ほどの領事の方が厳しい顔になって、次々と到着ゲートに誘ってくれた。

何人ものインド人係員がその荷物をじっと見守る姿をみて、

『そうだ怪しまれて、そこで荷物検査に引っ掛からないための緊張感だ』とわかった。
幸いどの荷物も引き止められることもなく、無事出口へ、真夜中1時半を過ぎていたが驚くほどのインド人の人の波に息を呑んだ。

匂いも、日本のそれとは全く違って、異臭ではないが、これがインドの匂いと印象付けられる、まだ得たいの知れないものが流れていた。

その中に一列横に広がるように5~6人の日本人男性たちが、これはもう本当に日本人の笑顔!!という明るい顔で手を振ってくれていた。

現地日本人学校の先輩教員たちだった。
女性のインド人スタッフもいて、美しい山吹色のマリーゴールドで作られたレイを新参者一人ひとりにかけてくれた。平田よう子は、ちょっと怯えて、抱いている娘の明子をしっかり抱きなおし、そのレイは夫の久雄が受け取っていた。

よう子はますますの緊張感があるのだ、と美沙は感じていてが、彼女は相変わらずの笑顔を振りまくことに専念している。

「ようこそ、デリーへ。お疲れさまです、お待ちしていました。」

出迎えの日本人のその力強い言葉に『待っていてくれた、』という感動が伝わってきて、

『この初心を支えにしよう』 と平田久雄は強く感じていた。

美沙もまた、

[マダム、こちらへ]

というインド人スタッフの言葉にいい知れぬ感動を覚えていた。

この日から、3年間はまぎれもなく、インドに住む日本人マダムであった。

中型の日本製のバスは、日本人学校のスクールバスで、毎年この時期は任期を終えた家族を送るときと、こうして新任の一家を迎えるときにに一台ずつあてがわれることになっていた。

初対面の簡単な挨拶を インド人の烏合の衆のギラギラと闇夜に光る目に驚きながら、交わして三家族はここでばらばらにバスに乗り込む。

このときから三年間、三家族は様々に変化しつつ、また重い荷物を自ら運ぶことなどほぼなくなることに、まだだれも気付いていず、されるがままについていく美沙たちだった。

インド人の群れは全てが迎えの人々ではないのだ。
その人々の群れがどういう目的なのかもこれからわかるのかもしれないと、美沙も他の者たちも口にはしなかった。

空港はさすがに煌々と明かりがついていたが、車が長い空港へのアプローチである道路を抜けると、すぐ、そこは予想通り、いや予想以上の暗黒の世界だった。

灯り一つなく、バスが照らすヘッドライトの光だけで走っている、かなりのスピードで。
その光に映し出される家らしい陰も静まり返り、かなりみすぼらしいものが点在していた。
眠いはずだが、バスから外を食い入るように見る片山夫妻の目は爛々としていた。

つづく

by akageno-ann | 2007-12-11 11:43 | 小説 | Comments(4)

Commented by まーすぃ at 2007-12-11 21:45 x
何もかも、見るもの聞くもの、匂いもすべてが初めて体験するもので、一同息をつく暇もないほどの緊張感が伝わります。

インドが安全な場所であるのかということも含め、何もかも、まだ、未知の世界で、とにかく、インドの人々の渦の中で戸惑う様子…私も一緒になってドキドキしています…これからどんな生活が待っているのでしょうか?!
Commented by akageno-ann at 2007-12-11 21:53
このように読み取っていただいて感謝します。
あの匂い、臭い・・どちらにするか悩みましたが、その国の人々にとっては郷愁を感じる匂いだと思いました。
今またあの地へ降り立ったらそれは美沙にとっても匂いでしょう。
デリーは果てしなく奥深い地だと思えてなりません。
拙い文へも期待をしていただき恐縮です。
Commented by まーすぃ at 2007-12-11 23:25 x
うちのご近所さん、インドの方が大勢いらっしゃるので、独特の匂い、わかります。インドの香辛料の匂い…私は、結構好きですよ♪韓国の方のおうちは、キムチの匂いがすると聞いたことがありますが、匂いませんでした…笑。
Commented by akageno-ann at 2007-12-11 23:40
日本は、醤油の匂いを臭いという外国人もいるそうですね。キムチは匂いませんが・・大蒜は感じました。大好きですが。
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