デリー最初の日 その1
安寿と厨子王という森鴎外の物語。
母と子供たちが離れ離れに引き裂かれて・・・日本海の荒波を
二艘の船が・・別れ別れになる図を絵本で見て、幼心に残っている・・・
美沙はついそんなことを考えてしまうほど、あたりは暗闇でこれから到着する場所はいったいどんな場所なのか・・・意外に・・・ということは起こりうるのか・・・デリーの生活上先輩である教員たちの家族は一行の到着を家で待っていてくれるという。
4月のデリーはまだ夜中のせいか予想していた暑さはない。
「実際は楽園でした~~~~」ちょっとサプライズ・・・なんてことはないだろうと・・・
考えを逡巡させながら・・明るく明るく振舞っていこう・・・と決心しながら
バスに揺られ・・40分ほどもたったであろうか・・・立派な佇まいの家並みがつづく住宅街に入ってきた。ポツンポツンと日本のそれと同じように、明かりのついた家がある。
同乗してくれている今晩の宿を提供する安岡カズオがにこやかに
「お疲れになったでしょう、今日はゆっくり・・といいたいのですが明日はもう学校ですから・・まず休んでください。」と話した。
その身なりのすっきりとした雰囲気にも安らぎを感じて、一段と煌々と2階の部屋の明るい大きな住宅の前に到着したことを片山夫妻は知った。
ご近所への配慮は?と、美沙たちは思ったが、比較的どっしりとした建物で、隣が隣接はしているがさほど迷惑ではないようで、かなり賑やかに二人の荷物は降ろされ、バスの運転手や荷物運びのためのスタッフに安岡は軽い労いのことばをかけて、その家に入っていった。
美沙は深々と頭を下げて彼らを見送った。日本ならここでご祝儀、外国だからチップは?と思ったが、安岡に任せていた。
「さあ、どうぞどうぞ。用こそいらっしゃいました。」
明るい若々しい声が二階から聞こえてきて、美しい日本女性が現れた。
安岡夫人だった。その後ろにひっそりと上品なインド人女性がいて、マリーというお手伝いさんだという。
美沙はまたここでとびっきりの笑顔で安岡夫人とは握手し、マリーには会釈した。
さっそく夫人の手で冷たい麦茶が出され、マリーは美沙たちの荷物を寝室に運んでくれたようだ。
「如何でしたか?フライトは・・順調でしたか?」
「はい、とても穏やかな飛行で時間も予定通りだったように思います。」
女二人はそこでかなり打ち解けて話をしているのを見て、男たちも明日からのスケジュールをさっそく話し合った。
時計はすでに午前三時をまわっていた。
安岡は
「積もる話は明日以降ゆっくりできますから先ずは今日は横になってください。」
と打ち切った。
逸る気持ちを抑えて美沙たちも与えられた寝室に入った。きちんとバスルームのついた
古いけれど暖かい部屋に落ち着いて、ベッドに横になるや一応は少し眠ったらしい。
6時にはもう目が覚めていた。うつらうつらの状態であったので美沙はここの主人たちが起きてきたら寝室を出ようと用意した。
[マリー、朝食は四人前よ]
と英語で指示する安岡夫人の声を聞いて、部屋のドアを少し開けてみた。
「あら、おはようございます。少しは眠れましたか?」
「はい、ありがとうございます。気持ちの良いベッドでした。」
部屋は朝の光と風が入ってきていて、爽やかさがあった。
開け放された大きな窓からベランダに出た美沙は、その清清しい空気に感動していた。
「こんなに涼しい朝なのですか?」
「えぇ、でも朝だけなんですよ。これからあっという間に気温が上がります。」
しかし、酷暑の夏をイメージしたデリーの初日の朝に清清しさを感じられただけでも嬉しいと、美沙は思った。
サーバントと呼ばれるお手伝いのマリーは年配だが細身で大変綺麗なインド人だった。
[グッドモーニング、マダム]とはにかむ姿にも楚々としたものがあっていい感じであった。
美沙の方も航空会社のお土産サービスで用意した、干物を土産の一つにしていたら
その朝の食卓にも塩鮭や卵焼き、味噌汁に白米がきちんとした膳に載せられている。
目を見張ったのは、その食卓を用意しているのは、マリーなのだ。
「こうしていつも彼女が作るのですか?」
「えぇ、はじめは教えましたが、今はもうこの朝の食事は彼女だけで作れるんです。片山先生のお宅の子はローズといいますが、若くて頭のよさそうな子ですよ。」
美沙はその言葉に大きな期待を寄せた。
翔一郎も元気に起きてきて、さっさと仕度もすませていて、やるき満々である。
おそらくほっとしているのであろう、と美沙は想像していた。
デリーの第一印象は相当に良かったのである。
夫たちは、7時過ぎに、昨日ここまで彼らを運んでくれたバスが、また迎えに来て、二人で乗り込んでいった。何人かすでに子供が乗っていて、今日は本来のスクールバスとして稼動していた。
綺麗な女性はコンダクター役で、にこやかに新参の教員の片山に挨拶した。
それに向かって手をふり、またコンダクターにも会釈して挨拶する美沙の笑顔は明るかった。初日は二重丸だと、美沙は思った。
「お茶にしませんか?」
と安岡夫人に声をかけられ、思い切り優雅な雰囲気を作り出そうとしてくれるその人に感謝をした。
女たちはこれからまた、ここでの新しい暮らしのために動き出さねばならない。
8時過ぎにはほんの2時間前の涼しさはどこへ行ったのか?と思わされる太陽の光の強さを感じられた。
ふたりのマダムはそれから9時頃まで様々な話をしたあと、新しい美沙たちの家にむかった。安岡家から歩いて10分ほどの場所であった。
つづく
by akageno-ann | 2007-12-12 00:03 | 小説 | Comments(6)
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まーすぃ
at 2007-12-12 06:38
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インドで目覚めた初めての朝…、清清しい空気のなか美沙さんの生活がスタートしたのですね!よかったです!何しろ最初の印象というものは一生残りますもんね♪
インドではサーバントのいる生活は、外国人にとってはよくあることなのかもしれませんが、それでも、一般的日本人の感覚としては、考えられない世界ですね…!
インドではサーバントのいる生活は、外国人にとってはよくあることなのかもしれませんが、それでも、一般的日本人の感覚としては、考えられない世界ですね…!
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akageno-ann at 2007-12-12 08:27
ここから始まる奇想天外なお話に・・ってきたいさせてどうする・・
でもインドは甘くは無いようです・・未だに
でもインドは甘くは無いようです・・未だに
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ロッキン
at 2007-12-12 09:41
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akageno-ann at 2007-12-12 11:07
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ree
at 2007-12-12 16:14
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akageno-ann at 2007-12-12 18:09