人気ブログランキング | 話題のタグを見る

バトンタッチ

私が最初に勤めた小学校で、新任教師として緊張の日々だった30年前のこの季節

おどおどしている私にある先輩が言いました。

『君ね、新卒がなんでも下で、この学校では新参者で、何もわからなくて
なんて遠慮していてはダメだよ。この学校でこれからここに一番長くいるのは君なのかも
しれないのだから、もしかしたら、今この学校にとって一番力になる人なんだから自信をもって威張っていていいんだ。』

だからといって、威張ることも偉そうにもできない小さな自分がいましたが、
デリーにいたときこの時のことを思い出しました。

一日でも長くここに住み、暑さを体験した人も偉いですが、これから新たに暑さを体験し
ここに住み続ける人々こそデリーの中心になるのだと、思ったことでした。

新旧の入れ替えで伝統を大切にすることも必要ですが、新しい息吹を吹き込んでいくことこそ大切なことなのではないか、と思ったのです。

若いときにもらっていた言葉が、ふと何年も経って全く違う場面でふっと思い出されることがあるのだと・・・・・

第153話

神田良彦 と 悦子夫妻は20代後半の元気で明るい新任教員家族であることは
すぐに人々にわかった。

三組の家族が新しくデリーに赴任してきたが、片山家に最初の夜を投宿し美沙たちが
世話をし始めた神田夫妻は快活で、心からインドを愛し、インドに期待し、ここで自分たちの力を注ごうという気合に満ちていた。

輝くような笑顔の悦子は小学校教員を辞めて来たばかりで、何にでもいいから役に立ちたいという心を決して図々しくなく表していた。

デリーに着いたその日は飛行機の遅れのために 家に落ち着いたのはすでに夜明けに近かったが片山夫妻は4人で夜っぴいて語り合い、その新鮮な神田夫妻の情熱にすっかり感心していた。

「いやあ、3年目に入ると、最初のころのそういう熱い思いをつい忘れがちだなあ。
暑さにも慣れるけれど、ここの生活や学校生活にも慣れてしまって、いけないですねえ。」

と、翔一郎も神田良彦を眩しく見つめていた。

「いえ、まだ何にもわからないのですから、これから本当によろしくお願いします。」

妻の悦子も美沙の優しげな所帯やつれのない姿に安堵して

「想像した以上に綺麗な町並みのようで、またこうして日本のような生活の様子に
ほっとしました。」

と、笑顔であった。美沙は

「誉めていただいてうれしいですし、私もそう最初に思いましたけれど、やはり明日明るくなると周りの様子も詳しくわかりますから、じっくり慣れていってくださいね。」

と、少し現実の厳しさも匂わさずにはいられなかった。

「とにかく、デリーの暑さはこれから半年ほどしっかり続きますし、水のことなど基本的な生活をしっかり押さえなくてはなりませんが、必要以上に神経質にならずに私なども楽しんでいます。」

そんな風に話しておいた。

殆ど徹夜状態の4人であったが、朝7時には軽い朝食を美沙がシャンティとで用意し

急いで教員の夫二人に食べさせて迎えのスクールバスに乗せた。

そのあと、女たちは改めて和食の朝食を共にした。

「こんなに立派な朝食をいただけるなんて感激です。」

心から喜んでいる若い悦子を、美沙は可愛らしい人だと思った。

「毎日というわけにはいかないですが、日本から持ってこられた食材を大事にして
どうぞ健康的に暮らしてくださいね。日ごろの私たちの食生活を支えているのはシンガポールや
バンコクでの買い出しですが、インドの食材も十分ありますよ。」

そんな話をすると美沙は自分たちの2年前をまざまざと思い出し、最初に世話をしてくれた先輩教員の安岡夫妻を思い出していた。

彼らも決して偉そうなことを言わずに謙虚にデリーを紹介し、よくここの生活へ導いてくれたのだ。
そして安岡夫人によって、最も隣人の北川夫妻を紹介されたことも改めて思い出された。

ここでは、その先輩教員から受けた様々な教えや気遣いに対する恩返しはこうして次の新しい人々へバトンタッチしていくことにあると、しみじみ感じていた。

そう思うことがまた、美沙の心の中にここでの生活の中で生じた自信にもなって心なしかゆったりとした様子に現れていたのかもしれない。

英語が特に上手というわけでもない。むしろ若い神田夫妻は英語にはいささかなりとも自信がありそうだった。

美沙はインド英語を話すことにちょっとだけ臆したが、すでにシャンティに対していつもどおり使っているので、悦子は見抜いているだろう。

美沙自身肩肘張っていくことは好まないので、少々の気恥ずかしさを耐えてこの新しい人々をここの生活に導いて行かねばならない、と心していた。

美沙たちがこの新しい人々にしておいたことは、今日にでも生活を始められるように、という生活空間をとにかく作っておくことだった。

美沙は自分の経験から、家にあるものを貸すことによって、当座の生活をしてもらおうと努力していた。追々に自分たちの好みのものに変えて不必要なものは戻してもらえばいい、最初に随分と大きなお金を使ってしまっていた美沙たちの年度を振り返って、この三年目の仲間たちで話し合ったのだ。

幸いに皆このことを大変に喜んでくれていたようだ。

また、皆で連れ立って、最初の買い物に連れ出すと、他の家庭との兼ね合いで付き合いで買ってしまうこともあり、それでは各家庭の生活形態が崩れてしまいかねないと、はじめの1週間程をそれぞれ個人の家庭にあわせて世話役だけで付き添って生活用品を買い揃えていくようにしていた。

結果、それは大変良いことのようであった。

デリーの方もそのころはかつての自由貿易を封じる風潮からロシアや近隣の国から少しずつ物流が多くなり、品物が増えているのがわかった。

一番大きな変化は美沙たちの時と比べて、家具のつくりがかなり良くなっていた。

そういう変化にも敏感に反応できるようにしていたのだ。

これから三年暮らすこの新しい遠来の人々こそ、これからのデリーを捉えて、日本人学校の発展に寄与してくれるのだ、と感じている美沙がいた。

 タクシーの車も新しいものが増えて、安心である。

かつて美沙が最初に乗ったころ、おんボロのアンバサダーという車の窓ガラスが下がったままで少しも動かなかったり、ドアが外れそうになったりといろいろなことがあったが、もう既にそのことが懐かしい昔話になってしまうほど、インドの経済は発達しているように感じられたのだ。

                                             つづく
ドーサというパリパリの主食と豆のダルカレー(ウイキぺデイアより)
バトンタッチ_c0155326_23434940.jpg

by akageno-ann | 2008-05-29 23:40 | 小説 | Trackback | Comments(22)

Commented by nobue at 2008-05-30 00:51 x
ほとんど読み逃げですみません。次なる展開を楽しみにしています。
Commented by geko at 2008-05-30 06:11 x
留守していて読めなかった分を今一気に読みました。
すごいなぁ。。。
美沙と北川の場面が、胸にキュンと響きました。
続きを楽しみにしています。
ドーサ、美味しそうですね。食べてみたいなぁ☆
Commented by akageno-ann at 2008-05-30 08:09
nobueさん、いつもありがとう。
読んでくださるだけで嬉しいです。
Commented by akageno-ann at 2008-05-30 08:11
gekoさんお帰りになって、ヨルダンの素晴らしい記事拝見してます。ここへもありがとう。どこか空気が中東とも似てるものがあるでしょうか?お時間のあるときに覗いてくださいね。
Commented by panipopo at 2008-05-30 11:28 x
新しい家族が増えて、いよいよ美沙さんの3年目も充実した雰囲気がありますね~!
情熱に満ちた思いでインドに来られたお二人だから、これからもきっと美沙さんたちに素晴らしい刺激を与えてくれるんでしょう。
ドーサってパンなのかしら?これもおいしそうですね。
急にカレーが食べたくなった私です☆ 笑
Commented by akageno-ann at 2008-05-30 17:25
panipopoちゃん、このドーサ食べさせたい・・でも私もなかなか美味しいドーサに出会えないの。米の粉を溶いて寝かせて、クレープみたいに大きな円で焼いて、この色になったら大きなへらで上手に剥がして写真のようにくるりと丸めると、パリパリの薄いお煎餅のような感じになります。カレーをつけていただきますが、最高に美味しいです。
三年目はまた色々なことがおこってもそれはまた独特な生活経験が補っていくようなの。
Commented by ありーしゃ at 2008-05-30 19:00 x
美沙さんにとっては厳しいインド生活、神田夫妻にはどんなものに
なるのでしょう!
美沙さんとは随分性格の違う悦子さんがどのようにインドを受け止めていくのか楽しみです。
私がインドに旅行に行ったのは10年前。ずっとそのおんぼろアンバサダーで旅しました。懐かしい♪
2年で随分変わるのなら今はアンバサダーなんて走ってないのかしら?
ダルカレーマイルドで大好きです。いつか作ってみたい1品です。
Commented by ちかた at 2008-05-30 19:31 x
ドーサ、はじめてです。
カレーをつけて食べるなんて、おいしそうですね。

新たなメンバーに戸惑いつつ、受け入れようとがんばる美紗さん、なにか起こるのかな?
Commented by ロッキン at 2008-05-31 04:11 x
美沙さん、3年目に突入ですか・・・ 
ますますインド生活、波瀾万丈に進んでいくのでしょうね!

この写真のパンはフランスパンにもみえるけど、やっぱり違うのかしら?
Commented by さりすけ at 2008-05-31 06:02 x
姉さん、姉さんを始めインドでは良い人たちがいっぱいいたんだね。皆がお互いを思いやって助け合って、「何か自分にできることはないか」と思う人が多いコミュニティーはホントに素晴らしいなと思ったよ。もちろんここに書かれてない辛い事や大変なことも多かったと思うけど、それでも姉さんや姉さんをとりまく人たちのあったかさを感じることができたよ。それともこれは姉さんのあったかさの反映なのかもしれないな。

距離が近くなったから話したいのに結構バタバタしてる日本生活なのだ。
Commented by elliottyy at 2008-05-31 07:01
ドーサーは食べたことないわ。。
食べてみたいです。

新しい登場人物のお二人、、
つづき、楽しみです。
Commented by まーすぃ at 2008-05-31 07:25 x
急成長と発展を遂げるインド。。。2年で。。。色んな事が変わって行ったのでしょうね。。。物質的により豊かになり。。。そして、今、あのとき毎日の生活のために働いていた人は。。。少しは暮らしが豊かになっているといいな、と、小説から少し離れてしまいますが、そんなことも考えてしまいました。

若い世代の人の輝きと情熱を目の当たりにすることは、あのときは自分もそうだったなあ〜と、かつて抱いた熱い思いを取り戻すのに十分ですね。。。後輩に教え、エネルギーももらいながら、の日々になりそうな。。。
Commented by ann at 2008-05-31 09:48 x
ありーしゃちゃん、走ってる走ってる、インドは大きく変わる面と
まったく変わらない面があって、私も10年ほど前に帰ったんだけど・・もっとひどくなったな、と思えたのは排気ガスなの。
車が増えても排ガスの規制がないから・・・空気が悪くなるのは哀しいです。新旧交代の1年になりそうだけど、美沙はどんな風にくらすか・・見ていていただけると嬉しいです。
Commented by ann at 2008-05-31 09:51 x
ちかたちゃん、ドーサ・・このなかにポテトカレーが入っているのもあるんだけど、食感はちょっと、比べるとしたら
パリンとしたもんじゃ焼きかも・・たまらぬ美味しさです。
新しい人は古いものにいい刺激きますよね。
Commented by ann at 2008-05-31 09:54 x
ロッキンさん、このドーサは、薄くこんがり焼いたクレープのようなものをくるんとまくとこんなお煎餅の感じに・・・米の粉でじっくり寝かせておくのが必要で・・難しいです。でもロッキンちゃんのご主人ならやってくださるかも・・期待
Commented by ann at 2008-05-31 09:57 x
さりすけさん、日本忙しく楽しくすごしているみたいね・・
リアルタイムの記事にもすごく感心して読んでます。
何かに挑戦してその国に派遣されるっていうのは、やはり
それなりに何かをそこで残したい、っていう気持ちになるんだと
思うの。ぶつかることもあるんだけど、でもデリーの小さな日本人社会はそういうことも必ず乗り越えて、個人の努力が実るところだったようにも思えるの。
Commented by ann at 2008-05-31 09:59 x
いっちゃん、ドーサ・・おやつ感覚よ~~
ビールにもあう・・間違いなく・・笑
登場人物はどうしても増えちゃうね・・
Commented by ann at 2008-05-31 10:02 x
まーすぃちゃん、続き書いていただきたい・・気分。笑
そのとおりなんですね・・三年目の様々な変化の中で
美沙はここでの暮らしを閉じていくわけなんだけど、そう簡単には
閉じることができなくて・・・インドの変化とともに・・そこのところ
書いていきたいんです・・どうか見守ってね。
Commented by CHIL at 2008-05-31 16:18 x
自分が働いていた時代のことと重ねながら読みました。
快活で明るい先輩が、新人の私を指導してくださったこと、
私は後輩に私なりの方法で伝えられていたのかな・・・と。
インドという異国の地ではそれ以上のつながりが生まれてくるんだろうなと想像しながら、
新たな神田夫婦との関わりを楽しみにしています。
Commented by オレンジ at 2008-05-31 17:00 x
海外で在留邦人が集まると、挨拶代わりに滞在年数を述べ合って、何となく長期間いる方がビッグな態度に出ている場面をよくみかけます。
おもしろいことだなーと思いますが、残念に感じることもありますね。

ああ、ドーサ。私は南インド料理が大好物だったんです。居た場所がどちらかというと南よりだったんですね。後は、ご存知でしょうか? イッドゥリー&チャットゥニー。南インド料理。アメリカでつらいことがあると、食べたいーー、行きたいーーー、と思います。北部には、初めての訪印で学生時代に行ったきりなのであまり詳しくなくて。
ですから、annさんの描写でいろいろ体験しています。新しい方が入られて、また楽しみな展開になりそうですね。
Commented by ann at 2008-05-31 18:12 x
CHILちゃん、いつも共感を持って読んでくださって
嬉しいです。教員時代のそしてそのあとにも先輩に
教えていただいたことを惜しげなく人に伝えているかどうか
と、考えることがあります。
新しい人とのかかわりはエネルギーの押収になりますね。
Commented by ann at 2008-05-31 18:15 x
オレンジさん 南インドのお話ありがとう。
ドーサのことも良くご存知で南インド料理の美味しさ
わかりますよ。私の家のサーバントは南インドだったので
家庭料理が美味しかったです。インドは南ほど気候も人もいいと
聞いてます。南にはついに行かなかったの・・残念!
名前
URL
削除用パスワード