アンのように生きる・・・(老育)

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かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

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カテゴリ:エッセ-( 472 )

台所事情

実家に通うようになってから、自宅の台所は夫が仕切ってくれている。
使い方は違うので最初は戸惑ったり、使いにくかったりしたのだが、下手に手を出さなければ
かえってなにもかもやってくれて大助かり・・

老年期を迎えて台所をつれあいに任せるというのはなかなかいい

ご本人の方も料理ができるようになると実に気楽に暮らせるようだ。
三食を自分で確保できるというのは生きる上に大切なことだと言う夫。
頼もしい限り・・
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食卓のコーディネートを含めて
器も考えたり、なかなかいいでき!
その日は写真が送られてきたりする。
そう、食は生きる上で一番大事なことだと
感じる。
さてこの写真はささやかな両親宅の
朝の膳・・

ヘルパーさんの助言で 今まで両親の
していたことを取り上げずにできる限り
ご自身で・・ということで
味噌汁はインスタントを・・

味噌汁を創ったらやはりいつものインスタントも
作ろうとする父をみていてなるほどと
思った・・

今日スポーツジムの更衣室でこんな会話を耳にした。
かなりご年配の婦人たち3人のお話・・

「一人暮らしだからここで少し運動してお風呂に入るのが良い日課なの。明日は娘がくるっていうから
来れないのでまたよろしくね・・私 娘が気を遣ってきてくれるのはありがたいことなのだけど
自分の生活のペースが乱されるから本当はいやなの・・
食事もまだ自分で好きなもの作って食べれるし、第一お母さんここが汚れてるわよ・・とか
この前言ったことわすれちゃったの?なんて怒られるのが一番いや・・」
他の二人も実に同感と話している。

ロッカーの反対側で私は一人、反省してしまう・・

そうなのです・・・両親の暮らしにドカドカ入って行っては本当に失礼なことだと・・

共存することの基本ラインは家族によって違うが今日のロッカーの会話・・胸に突き刺さった。

by akageno-ann | 2019-01-18 23:02 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

日本人の英語

毎日通勤のように実家に通う電車の乗車時間は45分ほどなので、いろいろ感じることは多い。
できるだけのんびりストレスのない通勤時間を願っているが、今日は行きも帰りもちょっと
お節介をした。

行きは早朝だったので私鉄の最後尾の車両は女性専用車になっている。座れるのでここを
愛用しているが、以前にも外国人の男性が乗っていたことはあったが最近は女性かもしれない
という思いもあってしかも席が近くなければ気にもせずにいた。
しかし今日は途中駅で乗り換えの時に最後に乗り込んだのは屈強な大柄の外国人男性だった。
皆一瞬見たが何も言わない・・まあそんなものだ 車内放送も何もない・・
その方がドアを挟んで私の正面にたった。しかも座りたそうだったが席はない。
一駅悩んだが、私が異邦人で逆の立場だったら・・と思い、
次の駅に到着した瞬間に「エクスキューズミー サー」と声をかけてしまった。
たどたどしく説明していたら 有難くも最後尾なので車掌がすぐきて 彼を隣の車両に案内
してくれた。しかも私に挨拶までしてくれて・・

その外国人もすぐに反応してくれたのでほっとした・・きっと車中の女性陣の中には
英語が堪能な人も何人もいたはずだと思う・・私の下手ながら説明はじめたらちょっとは
応援してくれたらいいのにな・・と思う
後でスマホで検索したらすぐわかった・・
This vehicle is a women only でいいそうだ・・

日本の人って今もやはり人見知り・・それを思うことが帰りもあった。

やはり今度は先頭車両に盲目の女性が乗ってきた・・皆スマホに夢中で道も譲らない
「どこに立ちたいですか?」とだけ声をかけたら彼女はすぐに「では運転手の後ろの手すりに」と
言ったので、若い人がすっとどいてくれた。

皆気持ちはもっている・・でも声をかけられない・・声をかけられるのは私のお節介な性格の
せいだが・・でも少しはお節介心を持ってほしいな・・と感じた。

案の定・・降りる駅で扉が空くとさっさと降りてしまう人々の後をおそるおそる足を運ぶ彼女に
手を出した。「ありがとうございました」ととてもさわやかな声で・・
いつも大変な思いで通っているのだろうな・・と想像した。
私の友人も弱視の方がいて 暗い夕方は余計見えないのだけれどなかなか声をかけてもらえない
と聞いたことがある・・

なかなか状況判断は難しいし、私も今日はたまたま傍にいたからだが・・オリンピック招致を
機会にもうちょっと積極的になった方が・・と感じる。

ニューヨークに一週間滞在したことがあるけれど、メインの街では実に皆フランクで
片言の英語でも暖かい応答が多かった・・
タクシーで間違った場所についてしまったときもそこのマンションのコンシェルジェやたまたま
いたご婦人がとても親切に住所をタクシードライバーが勘違いしていると教えてくれたり
もう20年も前のことだが・・ふっと懐かしく思い出した。
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高知の土佐電鉄の
現在の広告

坂本竜馬もジョン万次郎も
英語を・・


by akageno-ann | 2019-01-16 22:21 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

成人の日を寿ぐ

今朝はご近所の御嬢さんが成人式を迎えられ、振袖をお召しになると聞いていたので
前日から実家に泊まって 楽しみにしていた。
しかもその晴れ着はお母様の妹さんのものという古風な素晴らしい柄だった。
朝早いから申し訳ないと お母様が言っていらしたが なんのなんの高齢の両親は
大喜びで すっかり一緒にカメラに収まって 感激して 大きなエネルギーを
いただいて・・寿命が伸びたようだ。

私は子供がいないからこのような祝賀を迎えることがあまりなくて こうして
お声掛けくださると本当に嬉しい・・

男の子のお母様も 「女の子はいいわねえ」と優しい祝賀を述べていらしたが
ご近所でこういうふれあいがあるのは本当に有難いことです。
小さいころから知っているとはいえ、見事な晴れ着で寒さからか狭い玄関の中で
待っていた母に くるりと一周して美しい姿を見せてくださったお嬢さんに
なんてくったくのない優しさがあるのだろうと・・感動した。
父までも車が見えなくなるまで見送って・・とてもうれしそうで
我が家に女の子の孫がなかったことも悔やむことなく
とても満足していたことが嬉しい・・
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自然と自分の娘たちの成人式を思い出したらしく・・
母は
「貴方には振袖を着せてあげなかったわねえ」
と申し訳なさそうにいうので
びっくりした・・
そんな風に覚えているのだと・・

「私たちは振袖を着ない友人たちが多くて 
その仲間8人で高田馬場の
イタリアンでお祝いの会を開いて 
初めてサングリアを飲んだのよ。」
など・・急に思い出して 
仲間の名前も全部話したらほとんど知っていた母にも驚いた・・
最近のことは忘れても遠い昔のことはしっかりと刻まれている。
となるとこういう行事は大切にしなくては・・と思い、
またその喜びの
日をシェアしてくださる
ご近所の方々にも深く感謝した。



お母様は何日も前から計画を立て準備し・・
御嬢さんを見事に美しくお仕度してあげるのにどれほどのエネルギーを
費やされたでありましょう。
ご家族の協力・・そして寿ぎ・・
一つの出来事を仕上げることの素晴らしさ・・

ふと従妹は娘の二十歳をとても楽しみにしていたのに 病に倒れそれを自分の
手でやってあげられなかったことを思い出したが、それから10年経った今日
外国にいる彼女に仕送りしてやっている気持に母親としての素晴らしさを感じた。
どんな形でも母の想いというのはすごいものがある
母にはなれなかったが 悲哀ではなく 感動を覚えた。

父に今日の感動を俳句にしてね・・と頼んだが・・どうだろう・・

by akageno-ann | 2019-01-14 23:53 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

初雪

関東は風花のような薄い雪を初雪・・とニュースで報道して喜んでいるが北の方は
大雪で本当にご苦労が多いと思う。

正月明けの帰京の人々は何千という多さで千歳空港に足止めをされたようだ。
私は土佐の人間だから冬は本当に楽だが それでも四国の山は冠雪している。
昔と違う気候・・皆がそういうが 気象は本当に毎年違うのだ。

最近俳句が流行っていて テレビのプレバトの夏井先生の番組をとても感心して
見ている。
東国原さんのなんと独創的で考えさせられる作品や皆さんとても勉強し確実に
自分のものにされて いい句がたくさん生まれる。
私の祖父は 正岡子規の流れの俳句を地域の人々と亡くなる寸前まで続けていた
人で 父もまたそれを師として様々に作句していた。

孫抱きて 木犀の香に ひたりおり・・鴻

私の一番好きな父の句だが 最近年賀状に句を作って以来できていない。
そんなところもアルツの病状が進んでいるのでは・・と心配になって
今朝は 東京の初雪を見ての自分の駄句を添削してほしいと頼んだら
季寄せをだしてきて 少しだけ意欲を持ってくれた

その続きを明日聞こうと思っている・・

ここへきて 私は両親の衰えが時に辛くて悲観したこともあったが
今東京の住まいの良さを教えてくれたり、父の作ってきた人間関係の暖かさを
知らされたり、母の本当に心の内なる強さを改めて知らされたり・・貴重な日々に
なっている・・何よりご近所の暖かさと知性ある会話に実に感動を覚え
自分たちが年をとるにつれてこの若々しい土地を気に入ってしまいそうなことに
両親への感謝がある。
驚くことに都心は苦手だった主人まで 楽しさを感じ始めたようだ・・
交々に風花を手に 天 仰ぐ アン
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正月に吉祥を
呼び込むという
オリエンタルな
白象の屏風
幕末期の作者
不詳の作品だが
印象に残る作品だ



by akageno-ann | 2019-01-12 22:29 | エッセ- | Trackback | Comments(1)

松の内が明けると

年末年始は以前から苦手であるが、そろそろ正月気分が抜けそうでほっとしている。
かつては親族一同を集めて新年会をしたりして正月料理を手作りしてその忙しさを
愉しんだりしたが最近は日常と異なる何日間が少々しんどくなっている。

その中で今年初めてふるさとの神社の正月に帰るという急なできごとがあり、
父はひどくその変化についていけなかったようで迷惑をかけた。
しかし私が日帰りしてきたら・・なんだそうだったのか・・と
ほっとしていたのでこちらも安堵した。

七日の七草は両親はしっかり覚えていて 朝行くと既にお粥を食べていた。
暮れに月日がわからなくなっていた父もここへきて甦ってきたのか・・と
期待する。
父に感心するのはとにかく今までできたいたことを確認しながら自分でやろうとする気持ちに添いたいと そんなに優しい言葉かけではないのだが124.png協力する。
昨日は父の後輩同僚の方が父を呼んで新年会をしたいというので、今の父の状況を詳しく話して参加させていただくことになった。
電話や短時間での応対では父は今まで通りの父なのだが 実際は今言われたことはその場で忘れていることが多い・・
しかし迎えにいらしてくださるという時間にあわせてきちんと上手にネクタイを
〆ていた・・

そして二次会にまで出席して上機嫌で帰ってきた。
もちろん車での送り迎え付きで 後輩の方に感謝した。

ふるさとでも教え子の方たちが待っていてくださる父
心配や少々大変だな・・と思うのだが
父が記憶を繋いでくれるのならと添いたいと思う・・
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by akageno-ann | 2019-01-07 22:13 | エッセ- | Trackback | Comments(2)
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2日に初めてふるさと高知の正月に日帰りで行ってきた
ここのところ幕末が人々の興味を引いているようで
幕末の志士の先端を走った坂本竜馬出身の高知故に
土佐電鉄はこんな看板を背負っていた



急ぎ母の実家の伊野の大国様へタクシーで赴く
このたびは 幣もとりあえず・・という感じで
空いている飛行機に飛び乗っての帰郷となった。
帰りの便は3日以降はとれないので必然的に
日帰りに・・
しかし最近は道もよくなり伊野までなら十分日帰りできる


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神社の正月は忙しく紅白歌合戦が終わるころから人々の参詣が始まる。
そして今年の正月の展示は「幕末にスリップ」と題して
高知県在住の植村隆氏所蔵の貴重な幕末頃の骨董品を
提供していただいての展示となっていた。

この写真は人力車で 山内家が天皇家より贈られたという逸品
宮尾登美子氏がご存命であったら「天璋院篤姫」のように
その背景を調べて小説にしていらしたと思う。

個人の所有でありながらその保存は見事で
多岐にわたっているのが興味深い。

漆器や鼈甲の器など心惹かれるものが
多く 日数の限られた中で拝見できたことは
恐悦至極・・この保存状態を見ても
日本の漆の高度な技術に改めて驚かされる。

このような品々を前に 平成という時代の最後の
正月は過ぎて行った。








by akageno-ann | 2019-01-03 23:09 | エッセ- | Trackback | Comments(1)
タイトルを聞いただけで今の私には自分と照らし合わせて生きる元気をもらった!
大泉洋氏は大好きな俳優さんで タレントさんというより名優だと思う!
「こんな夜更けにバナナかよ」の障害者のノンフィクションの主役!
筋ジストロフィーの病による不自由な生活の中に精いっぱいの欲求を満たそうと
心の声を大きく訴える
人として一番大事なことなのだ・・

従妹は43歳で脳内出血による下半身不随になって16年・・
そのうちの14年を私の傍の施設でリハビリしつつ心明るく元気にそして優しく
暮らしている。
一昨年乳癌の大きな手術をしたが経過もよく 今はすべての治療から解放されて
穏やかな暮らしがある。
この施設のスタッフの方たちにどれほど助けられているか・・

施設に入れるということにずいぶんと悩みもした時代もあったが、結局彼女の人生の中で
彼女と関わってくださるくださる方がたくさんいるほどいいのだということも
この映画から知ることができた。

20年で500人のボランティア・・心の行き違い 口論  そのすべてが大切なのだ。

生きるというのはただ気持ちよく生きるというだけではない・・心を葛藤させることが
大事なのだ・・
しかし今の私の高齢の両親との暮らしはどうだろう?

ここまで人生を頑張ってきた二人が急に衰えて 日付がわからなくなったり、洋服の
着脱がわからなくなったり そういう現象をみるととてもショックな時があり
おおあわててで指導してしまう私に父がイライラすることもあるのだが
「いけない・・親切に・・」と思いながらもこちらもイライラしてくることがある・・

しかしその葛藤を半年続けたところで なんと父が私を頼るようになってきてくれた。
それも実は衰えなのかもしれないが・・互いを受け入れるようになったのだと
私は進歩的に解釈している・・

喧嘩もした・・母を叱ったこともある  9月から私の帰った夕方にヘルパーさんに
見守りに来てもらうようにしているが、私に叱られた日の母はとても疲れている様子・・と
ヘルパーさんの記録にあったりして・・
他人に入ってもらうことの大事さを感じる・・

今日はこんな会話があった・・一週間はヘルパーさんが年末年始でこれないから
私の帰ったあとは二人で頑張ってね・・というと

「大丈夫お母さんは日にちも時間もわかってるし 私も頑張るよ・」と
父は実に今まで通りの父でいてくれる・・

アルツハイマー性の認知症であることも理解しているように思えるし
ただとにかく毎日妹と私のそして時に主人の応援で賑やかに暮らす最近・・

これは従妹の施設のスタッフさんたちから学んだことが多いし 相談事にも応じてくれる
ことに改めて感謝!

そして年の瀬の大掃除の合間に語るご近所との関係・・
これが一番両親と私を支えてくれる・・
今日は親しく父が通ったオムライスのお店から年内最後のオムライスをテイクアウトして
年の瀬を父に知らせた・・
人と交わり 今の自分を知らせることで生活はなりたっていく・・
その中にふっと父も母も去年より回復している場面があることに気づく・・感謝!

by akageno-ann | 2018-12-29 21:58 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

2018年の暮れに

何か不穏な空気の漂う2018年の年末になった。今年の漢字が「災」わざわいとはこれいかに?
少しでも新しい光を求めて行きたくなる。

そのすぐそばから インドネシアの火山性の津波で多くの方が亡くなられ、日本もその可能性は
少なからずある・・とのコメントを聞くにしても災害は覚悟しなければならないのであろう。

しかし怖がってばかりもいられない。日常は楽しく美味しく過ごしたいという我が心情は
相変わらずだ。
今日は両親の年内最後の診療日で血圧も安定・・ビタミン剤もいただいて帰りに行きつけの
レストランでオムライスをいただいて 母は元気になった。
車いすでの外出もやっと納得して乗ってくれるようになり、私は楽になった。

父は自分でそれを押そうと手を貸してくれるが申し訳ないが・・これは私に任せて・・と
言うと今まではとても残念そうだったが、このごろすっと母の杖をもって後ろからついてきてくれる
ようにまでなった。

ここまでの道のりは長かった。家長のプライドは素晴らしくて 長女の私にその立場を乗っ取られるのは
実に不服であるのは承知している。

思えば6年前に一緒に高知に帰って私が車を運転して山奥の家まで帰った時から私の父の立場の浸食を
常に嫌っていたのを思いだし、怒りっぽくなっていて・・あのときから父の脳を侵すものがあったのだと
今思う・・大ゲンカにはならなかったが私が折れた分 もう父と二人の旅はできないと・・思ったこと
だった。
もっとそのころから父との暮らしを一緒にしていればもっと早くにお互いの立場を尊重できたのかも
しれないが、なかなかそう順調には過ごせないものだ。

父を尊敬しながら 疎ましく思う長女という立場の私・・
しかし実に自分は父に似ていて勝気で健気 ぶつかりあうのは全てであった。

が、最近 病院へ行っても私の出番が増えた。
とにかく医師への話も 支払いも させてもらえなかったが、地道に少しずつ差し出がましいが
と、言い訳しつつ、代行してきた。

やっとこの頃なんとか私を頼るようになった父がそこにいて、それはこれまででは絶対に信じられない
父の弱った面をみるようでドキドキした。

だがしかしそんな風に人は互いに老い、そして援けたり助けられたりしながら暮らしていくものなのだ
そう自分に言い聞かせている。
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クリスマスはちょっと
美味しいお菓子に囲まれた。





by akageno-ann | 2018-12-27 00:15 | エッセ- | Trackback | Comments(0)

旅を終えられる

天皇誕生日の今日 今上天皇の会見を伺って 昭和の戦後から平成の30年を
この国の人々の為に心を尽くされた天皇皇后両陛下を改めて私の両親と同じ世代を
生き抜いてこられた日本人としての心を見せていただいたように その涙に
感動した。
昭和天皇の崩御はインド駐在中であり 在インド日本大使館に記帳に伺った日から
30年が経ったこともにも思いを馳せる
昭和は64年までを数え、平成に移ったが このたびの天皇の御退位の決定は
実に人生の引き際という点で感慨深いものがある。

戦争をくぐりぬけられて青春時代を苦しい世相に翻弄されながらも生き抜いてきた
昭和ひとけたの人々を思うとき、ふと気持ちを穏やかに過ごしたいという感情が
出てくるのかもしれない。
今日は両親が感慨深げにその会見の言葉に耳を傾けている姿には 認知症という
言葉をすっかり忘れた。

この年代の人々は過去の苦しかった時代のことをもう忘れたいのではないか、
ということにも気づかされた。

そのあと寝巻から着替えない父をみて、大丈夫?かと心配し注意を喚起した私に
父は「大丈夫だ少し悠々自適に暮らしたい」など語っていた。

私は実に両親の老いに対して厳しい娘なのだ・・と反省もし、
それでも両親の元に通い詰めることにもう少し自然な優しさを醸し出さねば
ならぬと思っている。

天皇陛下の皇后陛下への心からの感謝の言葉を聞いたとき、人々はずいぶんと
教えられるものがあったと思う
その謙虚な姿が一生を通じてお持ちだったことにも敬意を表したい。

その後の今日の一般参賀の列をみたとき、日本人の心にどれほど響いた会見で
あったことか・・と思いを馳せた。
ご自身の天皇としての人生を旅と表し その旅を終えられることをきちんと
国民に示された今上天皇のお姿を感動をもって記憶に残したいと思う。

by akageno-ann | 2018-12-23 23:00 | エッセ- | Trackback | Comments(2)

後光が差す

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今年は後ろ姿をたくさん撮影してみたが、そうしたくなるような光に満ちた祭りであった。
よくぞこれだけの若者が集まってくださった。毎年御奉仕として神社にきてくださり
友人たちも誘ってくださり・・そうしてこの伝統はつながっている。
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稚児舞の男の子も
始めはなんだか意味も分からず
昔の舞を夏休みから少しずつ
練習し、手持ちの榊を奉納する
本番になるととても神妙に
行っている姿に感動する。
まだ5才という幼子もいる。

烏帽子を頭に載せた姿は実に
可愛らしく・・おでこの黒い
点点は位星とよばれるかつての高位の人を表す化粧とされるが・・可愛らしく似合う

緊張のあまり舞の寸前に
トイレに行きたくなった子供を抱っこして急いだら
舞にも間に合い、床に下ろすと「すみませんでした」
と自ら丁寧に挨拶をしてくれた。
子供というのはこういう雰囲気の中でしっかりと学んでくれるのだと・・思ったことだった。




by akageno-ann | 2018-11-30 23:33 | エッセ- | Trackback | Comments(0)