アンのように生きる・・・(老育)

akagenoann.exblog.jp

かけがえのない日本の片隅からの発信をライフワークとして、今は老いていくにも楽しい時間を作り出すことを考えています。

ブログトップ | ログイン

カテゴリ:老育( 46 )

老育ということを考え始めて30年が過ぎました。

インドから帰国して 同居の舅が急に年をとっていることに気づき、
また実家の両親も少しずつ年を重ね老いるということとともに生きなければ
そう思った日のことを昨日のように思い出します。

そのときの親の年齢に自分がなって・・・しかし今夜の紅白を久しぶりに
じっくりとみて同世代のユーミンと桑田さん そしてちょっとしたの聖子ちゃん

その素晴らしい頑張っている姿にただただ感動・・・
年をとってもエネルギッシュに生きることこそ「老育」と改めて前向きにならなくては
と思いました。

紅白の裏ではBSで2017年の再放送ですが ピアニスト辻井伸行氏のドキュメンタリーが
昨夜からは大リーガーに移籍した大谷翔平選手のドキュメントが放映され
実に感動と 天才ゆえの努力の筋道を拝見して1年1年のその中のまた一日一日の努力を
感じて65歳になる平成31年2019年を迎えました。

個人個人の持つ才能は死ぬまでに生かす努力をしていかないとなりません。
自分に内在するまだ残っている能力があるとしたら その脳がだめになるときまで
少しでも引き出していきたい・・と両親の少しずつ衰えて人生の終盤を迎えている
姿と共に暮らしています。

私はどうやら家族の介護をすることが向いているようです。
夫の父 従妹の介助をしていたためにその周りの環境を15年にわたってみる機会を得、
いい施設に親を入れることよりも 共に住んで介助することがその人の能力を少しでも
援けることになるのだと感じています。

もちろん病に侵された場合は無理なこともおおいですが、認知症の場合は一緒に歩んで
生活を常にその人の日常のレベルまで復元してあげることが少しは役に立っているように
思います。
ゴミのない生活、使う食器のいつもの状態・・またトイレ 風呂場 台所の清掃
これは一番大事なことです。

全く自分流に変えてしまうのは控えています。その人の歩んできた状態を保つのです。

それは実はストレスもありますが、慣れると意外に楽なのです。
いい加減・・が大事とケアマネージャーさんに言っていただいて
そういいかげんさのある自分の特技のように思いました。

イライラももちろんします。意地悪をいうこともあります。
でも続けることです。
そしてたくさんの方たちと触れ合うことです。
年配者も 同世代も そして若い人たちと・・

新しい交流のできた昨年平成30年に感謝して 平成31年に希望を繋げます。
辛いこともあります・・辛さの向こう側をいつも見ながら暮らしています。
そこが私の呑気なところなのです・・どうにかなる・・これがとぎれないよう
自分が倒れないよう・・いい加減にいいかげんに暮らして行こうと・・
新年に向けて思います。

明けましておめでとうございます。
皆さまどうぞお元気良い一年をお過ごしください。
今年もよろしくお願い申し上げます。

by akageno-ann | 2019-01-01 00:19 | 老育 | Trackback | Comments(2)
TBS系のドラマ「大恋愛」が今日最終回を迎えた。
実にここ二年ほど涙が枯れていた私の目から久々に大粒の涙が流れる最終回だった。
主役二人の名演技と 脚本の良さと とにかく子役の男の子「けいくん」が
最高だった・・

若年性アルツハイマー  アルツハイマーは記憶の中の家族のことを忘れることが
あり 次第に生活力が無くなり・・と進んでいくと
今の父の病状を心配するが とにかくともに歩むことなのだと思う

忘れそうなところをつなぎとめていくことの必要性
特に老人の場合は残された年月が短いので進みもゆっくりであったり
病気になったりと若年性とはまた違うのかもしれないが
医学的な面でも参考になった

その中に家族愛と夫婦愛が刻まれていて なにかほのぼのするものが残るところが
脚本家大石静氏の手腕だと思う。

病気や老いは 家族と夫婦のあり方が問われる
今日は私は 両親と三人で近所のかかりつけの内科医院に行ったのだが
医師が両親 とりわけ父のことをよくわかってくださっていて
暖かく、かつさりげない診療をしてくださるので本当に有難い

アルツハイマー的認知症と診断されている父の病状には早くから気づいてくださり
私がかかわるようになってからは私への配慮も暖かい

そして 9月からお願いしているヘルパーさんはまた父をよく観察してくださり
来年にむけて もう一度介護度の認定をしてもらった方がいいと助言してくれた。

そのときに 「お父様の進度もですが あなたの方の大変さも増してきますから
先々を考えて無理のないように続けられるようにしていきましょう」という
言葉には今日のドラマの感動以上の感謝と感動があった。

ケアマネージャーや ヘルパーの方たちのフォローの仕方はさまざまであるが
私はその中の何人かに恵まれてここまできている。

父のことを提案してくださったヘルパーさんは私より一回りの年齢が下だが
よく勉強しまた経験を生かし 実に冷静に見守ってくださっている

素直に明るく そして人々に感謝してという言葉を最近従妹の部屋の日めくりで見たが
そういう言葉を反芻しながら暮らすと良いものに出会えるようだ。

日々感謝していかないと 時としてわがままになり大きな反省をしなくては
ならない・・

ままならぬ日々だが 正直に生きて行きたくも思う
流れに逆らわず 楽しく 無理なく

そんな中で今日は共感できる友人と日本橋で楽しんだ
自分を解放できる時間を持てたことに感謝!
そして夜 「大恋愛」を視聴してその友人とラインで感想のやりとりをした。
最高の一日だった・・




by akageno-ann | 2018-12-15 00:01 | 老育 | Trackback | Comments(2)
人を介護することの多い人生ですが、自ら望んでというよりは その場に出会わせたときに
ここは自分が・・と思うと・・ただ流れに身を任せた
人によっては 馬鹿ね・・という風にいう人や 気の毒に・・と言う人 マイナーにとられる方も
あるけれど そんな暮らしの中でもいい出会いも多いのです。
今回も実家のヘルパーさんが本当に良い方で 精神的に助けられています。
それに認知症が進み自分の記憶の行方に困惑する父と暮らすと口出しの多い私と上手にフォローする
ヘルパーさんのことを信頼してくれるようになって、父はなんとか日常を保っています。

その中で暖かいご近所の声掛けはこれまで60年!暮らしてきたその土地での父の立場がまだしっかりと
残っているようで、とても大切にしてくださる  もちろん母が足がだめになって哀れに思う方も
いらっしゃるが、有難いことに私を励まし 全然大丈夫よ・・とおっしゃる方には感謝する。
c0155326_22231616.jpg


そんな中にこの子との出会いが
あり・・野良猫の産んだ四番目の
女の子を猫経験なしの我が家が
引き取れそうかな・・と
おっかなびっくり手をあげてみた

それは実家のお向かいのお宅の
奥様のお蔭で 我が家は
さやかアンを家族に迎えた

柴犬の老犬小夏とのかかわりは
難しくて 結局別々の部屋で
飼ってはいるが 小夏は黙認してくれて
さやかアンは我がもの顔で暮らしている

しかもとてもお父さん子で
人になつくのに時間がかかったが
家というより今は我々になついている
そのことが大いに癒しになる・・両親の介護に 老犬の介護
そこにいる小さな新参猫は明るい光を灯してくれた。
動物病院も実家の傍で時に姉妹のいる恩人のお宅で
面倒を見ていただいたりそんなことも私たちを実家に近づけてくれている
c0155326_22232098.jpg


つぶらな瞳でこの子は何を
考えているのかわかるように
なった気がしている

小さな動物をかわいがり
大切にする思いは老人を
介護する心を育ててくれる

まだまだ経験も覚悟も足りない私だが

こういう出会いを通して
生かされているようだ


by akageno-ann | 2018-12-12 22:46 | 老育 | Trackback | Comments(3)

ポツンと一軒家

テレビ朝日の情報番組 ポツンと一軒家を毎回感心することが多くて楽しみに見ているが
今日は特に感動していいエネルギーをもらった
長野の山奥でお一人で住まわれる94歳のお父さんを 娘さんが毎日のように訪れて
支えていた・・

車でかなり険しい道を40分通うというのはご本人は明るくなさっていたが
とても大変なこと・・

しかも「自分の方に父をよぶのは簡単・・でも転地はボケてしまいそうだから」
父親の日常生活をとりあげない・・というその姿勢は今日の私に大きな共感を
もたらせてくれた。
両親を一度は介護付き高齢者住宅に移ってもらって・・と考えたが  我が家を離れたくないと
言う母の強い気持ちがそれを断念した・・

おそらく変化することに慣れなくてきっと気持ちが落ち込むであろうと想像できた。
よくお年寄りの尊厳を大切にという言葉は介護する人間に言われることだが・・
一番大切なのはここまでつなげてきた暮らしを守っていくこと・・

安全性を重要視すれば一緒に住むか いい施設に入ってもらうか なのだが
まだそのどちらも決めずに日常生活を続けている・・
ただ最近父は日にちがわからなくなるので とにかく毎日行って日常を保ってもらおうと
している・・

今日の一軒家の94歳の方もそういう年齢的な呆けるは少しあるようだが
まだ薪も自分で割るという体力を持っていられる
冗談を返す気持ちも健在でそこは父も同じ・・
とてもいいエネルギーをいただいた・・

これからはこのような親を支えて生きる人々が増えてくると思う・・
高齢化社会というのはどう皆が共存していくか・・ということが重点となる
ふるさとに帰ると・・そこは親族もいて心強くて  いいなあと思う
核家族の多い時代に家族が一堂に会するという必要性も大いに感じる
ご近所の力も有難くて・・日々感謝
従妹の施設に行ったら彼女のカレンダーの言葉に「明るく素直に 感謝の心で・・」
とあった・・
本当に大事な言葉をもらった・・

従妹は16年ここで私と共に素直に明るく生きてくれている・・
彼女の闘病への努力にも感動する・・
c0155326_23032473.jpg


秋の大祭の
童女の杉の舞



by akageno-ann | 2018-12-09 22:50 | 老育 | Trackback | Comments(1)

神を頼りて

父は俳句を作るのだが、最近は生きている縁を神に頼りて・・という言葉をよく使っている。

ふと季語がないな・・と感じることもあるが、父の想いがそのままあるので 後に句集にしてあげようと
思っている。

最近アルツハイマー性の認知症を発症していると医師から告げられたが 日常生活は大丈夫なので
よく寄り添っていかねば・・と家族で考えている。

最初に気づいたのは半年ほど前で パジャマからの着替えを二度三度考えながらしている
父に驚いた朝だった。

気丈なのでよくぶつかっていたが、その朝は言葉も出なくて・・ただ
「お父さん、さっき着替えていたのにまた寝るの?」と聞くと
「いや・・いろいろ考えるところがあってね」と応えた

そうそのいろいろ考えることがあって・・と言う言葉が多くなったのは先に認知症を発症した
母の介護を熱心に父がしていたからだと 思っていた。

母が腸閉塞で吐いた日に 父はご近所の若い奥様方に助けられて 救急車を呼んだ。
こちらにもすぐに連絡があったが、病院までは父一人で母に付き添った。

気丈な父でもとてもパニックになっていた・・
そのパニックが次第に父の脳を疲れさせていたのだと思う。

足取りもしっかりしているので一見して元気な父と皆からも思われているのだが、
しっかりと生きているという姿を保つ父はそれだけでもずいぶんと疲れているのだった。

そのころから落し物 亡くしものが多くなった。

それでもその亡くしものが出てくるから父はいつも丁寧に拝んでいる神様のお蔭だと
思っている・・それが大きな支えなのだ。

今月の一日に主人も一緒に近くの氏神様にお参りに行った・・
母は車にいるというので私は母に付き添い・・主人が父に付き添ってお参りした。
食事していい日だったという父の家を辞して帰宅の途にあって
主人が「お父さんさすがだね お賽銭一万円だったよ」というので
私は「え?まさかそれ間違えじゃない!?」というと
主人もしまったと思ったらしいが・・「まあお父さんならそのくらいされるかと思って」と
いうので後日父に話すと 「え?千円札のつもりだった」という

しかし妹も神様にだから・・いいわよ・・という
私は 「でもねお父さん・・神様はおつりはくださらないから・・・今度は間違えないでね」
と念を押すような娘である・・

父はそれでも主人が止めなかったことをとても喜んでいた・・
付き添ったのが主人で良かったと思っている・・
c0155326_21392518.jpg

仁淀川の川辺に射す天からの光が
暖かかった・・


by akageno-ann | 2018-12-05 21:38 | 老育 | Trackback | Comments(1)

秋明菊に寄せて

一つだけ続けてきたことがあるといったら、それは家族の介護である。
結婚した一年目に夫の祖母が危篤になった。
教員をしていてちょうど学芸会の前日に舅から連絡をもらい
本家に赴いた。結婚以来初めて会う舅の妹(夫の叔母)がわざわざ新潟から自分の母
の最期を看取るためにすでに2カ月をその本家で寝泊まりして看病していた。

その小柄な優しい謙虚な様子の叔母の姿がずっと大きく印象に残り、家族を看取るという
ことを学ばせてもらったのだと思う。

あの頃在宅看護は今より自然な形で行われていたように思う。
それにしても自分の母親を常に綺麗に丁寧に看護する姿は今の私にどれほどできているか?
考えさせられるが、なんとか精神だけは受け継ごうと努力している。

舅をずっと同居で手助けしてしてきたが 舅の最期はちょうど一か月病院でお世話になった。
そのときの看護士さんたちが見事な方々で舅の様子にこちらの覚悟の必要なことをしっかりと
教えてくださり、手篤い看護で最期の日まで見守ってくださった。
早朝の電話で 「先ほどまでお話されていたのに急に呼吸が弱くなり、申し訳ありません
突然ですがすぐいらしてください。」との実に優しい丁寧な電話をいただいて
ちょうど朝の5時であったが冷静な思いで車を走らせたことを思い出した。
それから一時間ほどを義父の臨終に立ち会うことができて、私との30数年にわたる
同居を完結させてもらった。

静かな最期だった。

あの時の叔母は ご自身も高齢であったし遠方だったので
「やさしい兄が大好きだったので、最後までよく看てくださいましたね。
ありがとうございます。」と私への労いの言葉をその後も何度もお便りや電話で
くださって、報われた思いがあった。

25歳で出会ったその人の看護の姿は今実の親を看る自分にもとても大きな支えになっている。

その人は兄弟姉妹の中で一番遠く離れていたから最後はきちんと見送りたい・・・との
想いがあったのではないか・・と今改めて思う。

実家は近いのに私は嫁ぎ先での暮らしに力を注ぎ いつも両親には甘えていたのだ。
ここのところ帯状疱疹で苦しんだ父を看ながら いつかくるその日まで今までの
親不孝を少しでも取り戻せるだろうか?と思ったりしている。

しかし現実は実の親にはまだ甘えがあって あの叔母の様な心から優しい介護は
できていない様にも思う・・
そこのところを両親から最後に学ばされているように思う。
一週間ぶりに実家から自宅に戻って少し煮詰まっている自分の心をリセットして
また明日から 老いていく両親の介助をするが 夕刻 家長だった父が私を頼る
電話をしてきて ひどくさびしくなった。
ヘルパーさんはとてもいい方に来ていただいているのに、娘の帰りを母よりも
待っている父が電話の向こうにいた。
c0155326_23473678.jpg






by akageno-ann | 2018-11-02 23:49 | 老育 | Trackback | Comments(2)
学生時代に夢中で読んでいた テニス漫画 山本すみか著 「エースをねらえ」の
シーンを彷彿と思い起こす時間をもらった

主人公の岡ひろみ の純粋さがそのまま 大坂なおみ選手の人柄と技量に重なり
今日のセリーナ ウイリアムズ選手との決勝戦は見ごたえがあった・・

あれだけ四大グランドスラムを制覇した女王セリーナは様々な思いがある中で
なおみは無垢な気持ちで向かって行った・・・

顔色を変えず集中してセリーナに向かう姿が 岡ひろみが憧れの先輩お蝶夫人に
向っていく試合の場面と同じだった。

優勝が決まったあとのなんとも謙虚にセリーナを崇める姿は日本人の精神をみせて
くれたようで感動で胸が詰まった・・
苦労してグランドスラムを制したものだけにできるあの謙虚さに
大きく学ぶものがあった。

そして若さ故のチャーミングな姿勢・・新旧交代に相応しい全米オープンの決勝戦だった。

セリーナの応援部隊が 審判などに抗議するブーイングにも
「セリーナを応援していた皆さん・・こんな形になってごめんなさい」という
彼女のコメントを観客たちはどう受け取っただろう・・

あのような言葉が素直に言えるなんて・・・彼女の歩んできたたった20年の人生の
素晴らしさ・・60歳を超えた私にはもう人生を反省させられる・・

謙虚という言葉を軽く口には出せない・・

謙虚という姿勢は簡単には身につかないのだ・・
だから私は今改めて自身の奢った気持ちを思い知らされた・・・

大坂なおみさん  素晴らしいテニスの試合をありがとう・・

そしておめでとうございます・・ずっと応援させていただきます。



by akageno-ann | 2018-09-09 20:32 | 老育 | Trackback | Comments(1)

パワーハラスメント

話題は俗にいう パワハラ一色のようなニュースショーが  残念ながら
また激甚災害ともいうべく震災によって変化してしまっているが・・

これからの日本人というか人類は 年をとっても心身ともに強く生きられるように
鍛錬すべき・・と感じている。

今自分は 穏やかな埼玉の地に暮らしながら 便利で少々世知辛さを感じる東京に
通っている。

世知辛いのは先ずは電車・・そして自転車と共存の歩道
電車に乗っていると おいおい・・そこは少し譲り合う気持ちになってよ・・

と中年以上の男子に思うことが多い・・

我先に席を捕ろうとしたり、乗降する・・
一年間ほぼ毎日通勤定期で電車に乗っているから、私の頭の中の統計でも
年配の男子にレディーファーストをする姿の少ないことに
これで2020の外国人へのおもてなしができるのか?と不安になる・・

一年かの中で二回だけ隣が外国人になって乗り換えを訪ねられたことがある。
一度目は英語圏の男性で まずは私の反対側に座っていた可愛らしい
高校生とみられる女子に 電車の行先を聞いていた・・

残念ながら乗り換えを間違えていてすでに西武池袋線に入ってしまった電車だったので
成増という駅名がその女子高生にはわからなかったらしくて 反対側に座っていた
私はお節介した・・練馬で電車待ち合わせの時だったから 二駅戻って東上線に
乗り換えることをブロークンな英語でも通じたので・・
彼は私の乗った電車を見送りながら「サンキュー」を言ってくれていたことと
先ほどの女子高生が会釈してくれたのは気持ちがよかった。

最近は電車が途中快速急行などに乗り換えることが多くて それに戸惑う外国人は
当然いる・・少し日本語のできる 東南アジア人とみられる青年に
池袋に行くのにのりかえるべきか?と聞かれた・・
目の前にいた男子は英語ができそうな人だったが 知らん顔するので私に聞いてきた

自分も乗り換えるので 一緒に乗り換えた方がいいと話して 快速急行に
乗り込むと 私に先ず席を奨めてくれて・・それから彼が座った

ベトナムから来たばかりで日本の電車はわからないと 私の降りる駅まで
話をしたが、実に立派な青年だった・・

そちらの国ではレディファーストが身についているのね・・と褒めたくなるようだった

日本の事件を聞いていてもなんとなく人に対して親切心が減ってきてはいないか?
と感じる昨今・・

両親と暮らしていて  お年寄りファーストを行うけれど 私はそれが当たり前のようでは
困ると思っている・・

これだけパワーのある人がたくさんになってくると気を遣うことの多い人がどうしても
不公平に軽いパワハラを受けるような気がして・・昨日は我が父にもちょっと諭すような
ことを言ってしまったが・・わかったかどうか?と懸念している・・

by akageno-ann | 2018-09-08 01:38 | 老育 | Trackback | Comments(0)

終の棲家を考える

この暑さが収まらないのと 昨日の練馬杉並中野あたりの豪雨を体験して日本の行く末を
案じたり・・楽観しつつ己の終の棲家のことを考えたりしてあっという間にお盆を迎えました。
菩提寺が目の前なので昨日からお線香の香りがそこここに漂ってきます。

お盆は亡くなられた先祖を思いながら・・自分の行く末も考えるような年になりました。

この暑さの中で両親はそれなりに元気で過し、なかなか頑張ってくれていますが
時にエアコンの温度が気になる日もあり、お節介な介助をしています。

デリー時代にあの暑さの元で元気に乗り切れたのはサーバント シャンティのお蔭でした。
けだるい朝も必ず7時にだまって台所に入ってその日の水と麦茶をやかんでわかして
水を張ったタライに入れて冷ましておいてくれていたのです。
私はそれをゆっくりとピッチャーに移し冷蔵庫に入れて冷やしました。
あの毎日繰り返される作業は酷暑を乗り切るためにとても大切なことでした。

実家に毎日通うのはそれをするためです。
家政婦役・・・と私は冗談ぽく自分の立場を考えますが、あの頃の我が家のシャンティの役を
しています。
暑くなったので2階を寝室にしていた父を母の隣の書斎に移し、私が二階を自室にしました。
せまい和室なので エアコンもすぐに効きテレビもあるので快適です。

食事や掃除母のお風呂 時々外出のお供をする以外は日中も泊まる日も殆ど私はその二階で
過します。下の両親の気配は感じられますが、ここは実家 舅の介助をしていた時とは違い
気楽に居眠りしてしまうこともあり、下からよばれて・・はっと降りていくという気楽さです。

今のところ両親二人でいてくれることがこの家で 私が間に入った三角関係でも
ある意味デリー時代の自分たち夫婦の暮らしのようで なんとなくうまく生活がまわるように
なってきました。

今日は母の介護度の査定をする区のケアマネージャーさんが来訪して そんな暮らしを
「楽しく話が聞けました・・」と言ってくださり、喧嘩もする親子ですが・・
このままの状態が続いてくれたらと願うこのごろです。

妹も自分の仕事を徐々に少なくしてくれて、精神的に楽になってますが、何より主人が
愛猫家になってくれて さやかアンの世話と老犬小夏の介護を頑張ってくれているおかげです。
二重生活をしながら 我々の最期の家はどこにしようか?なども考えさせられる毎日となりました。
さやかアンはしなやかに足の長いお転婆な子に成長しています。
c0155326_22085926.jpg



by akageno-ann | 2018-08-14 22:00 | 老育 | Trackback | Comments(1)

自然界の出来事

高知へ日帰りしてきた。従弟のお嫁さんのお父さんが闘病の末に静かに人生を閉じられた。
彼女の献身的な介護と看病は優しさにあふれていた。それでも彼女は悩み苦しんだ時期もあったかもしれない・・
私が一番印象に残ったのは3月の神社の春の大祭で絵馬に「父の病気平癒」を丁寧に書いていた姿だった。
その後病に苦しまれていた父上は心がとても安らかになられたようだった。
あれから3か月・・葬儀の日の彼女とその息子の嗚咽する姿に心打たれた。
一番傍にいた人たちだった。
最近は身近な人が亡くなるとその葬儀の間に実にいろいろなことを考える考えながら 
人の死は多くのことを知らされ そして死は実に自然に訪れなかなか用意周到という流れにはならないと改めて知る。
静かに落ち着いて生活することを大切にして無理をせず 
人々の安らぎを作り出すことの大切さを知る・・・

子猫のアンシャーリーがやってきて・・またまた自然界のやさしい感触を味わっている・・c0155326_00420053.jpg


by akageno-ann | 2018-06-03 00:55 | 老育 | Trackback | Comments(1)