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LIVE no.1

悦子と牧子は性格は似ているといえば似ているのだが、成長と同時に歩む形が異なってきて、さらに牧子が結婚してからは全く違う人生を歩んでいるかのようだった。

二人の両親は結婚せずに家に残っている悦子を不憫がっていたが、自分たちが年を取るにつれ、また牧子の嫁ぎ先が何かと忙しい家系であることに孫たちを見せに里帰りして欲しい願いを口に出せずにいた。

しかも今は牧子は子供の就職やら受験のことでいつも頭がいっぱいでそれ以外のことに目が行かないというような情況にあった。

二人の両親はその娘たちを育てながら、養子を取るとか家を継ぐとか、そういうようなことを言わずに来たのだが、こうしてみると悦子に養子がきてくれたらどんなに安心だろうか?と思うようになっていた。

悦子は様々なことを考えると結婚自体になかなか踏み切れず、ついそういう関係にならないように付き合いも抑えてしまうことが多くなった。

姉の牧子の子供たちは甥や姪として可愛がってきたし、幼い頃の可愛さは今も変わらないのだが、成長と共にそれぞれの生活パターンができてきたようで、会食することもめっきり減ってきた。

祖父母に対しての優しい心は忘れていないが、最近は言葉だけになっているような気がしてならない、と悦子は自分の若い頃も同じだったな、と省みている。

しかし、悦子は自分のごく周辺のことしか気持ちをかけられなくなっている姉牧子にある種の不安を感じるようになった。

それはどういうものなのか?はわからないのだが、それだけに余計に心臓の鼓動が早まるような想いがあった。

かつて悦子を事のほか可愛がってくれた今は亡き祖母の言葉がいつも心にあった。

「悦子、いつもしっかり生活しておくことだよ。人の一生は皆平等にあるのだからね。」

中学生の頃に成績も振るわずに 親から発破をかけられていた悦子に、丁度遊びに来ていた母方の祖母がそういって励ましてくれたのだった。

                               つづく→☆no.2へ

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文化の日は美術館でした。

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# by akageno-ann | 2010-11-03 20:30 | 小説 | Trackback | Comments(7)

LIVE プロローグ

あなたの人生は好きですか?

そう問われて、片山悦子は「はい」と頷くのに躊躇した。

瞬間瞬間に自分の生きている場面を好きだったり、嫌になったりと交錯する想いがあるからだ。

たった今は・・・どうか?

と聞かれれば、「まあまあ」と答えてしまう。

それもなんだか哀しいが、テレビのニュースでは、文化功労者の発表があったり、ノーベル賞の発表があってから一時帰国している受賞者のスピーチが報じられている。

長い年月をかけて努力した結果に受賞されている姿はどの人も一応に美しさがある、と悦子は思っていた。

自分は二人姉妹の末っ子で、年は三つしか離れていない姉の牧子がずっと何か重くのしかかってくる気配を感じていた。

仲の悪い姉妹ではないが、気が合うほうではなかった。

姉は良いとこ取りを上手にできる性格だった。

結婚も早くて、しかも財産家の御曹司に嫁いだ。

その義理の兄の人柄がいいのだ。家族一同魅かれてしまうような姉のパートナーは頼もしい限りだった。

結婚して間もなく第一子として男の子を授かっていた。

それから5年して女の子が生まれ、残念ながら第3子は流産してしまったが、その心の傷も癒えたようで、今は長男の就職のことで頭がいっぱい、というような姉 牧子がいた。

悦子の方は まだ独身なのである。

美貌の方はそこそこ・・と自分でも思っているが、既に40の声を聞こうとするのに結婚を意識した付き合いまでに発展したことがないのだ。

同僚も心配してくれて、チャンスのために年配者の合コンと言っては食事に誘ってくれるのだが、どうしてもそれだけで終わってしまう。

簡単に晩生だねえ、ということでは済まされない年になってしまった、とつくづく思う。

姉も心配してなんだかだとお節介を焼いてくれるが、どうもその気にならないばかりか、姉の嫁ぎ先の世話にはなりたくない、とも思っていたのだ。

姉は幸せのようで、そのことをとても安心し満足する二人の両親の姿が痛々しくて、これ以上せっかく育てた娘を同じ家系に嫁がせて気を遣う必要はない、と悦子は考えていたのだ。
                                     つづく

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この写真についてはmoreをどうぞ。

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# by akageno-ann | 2010-11-02 14:55 | 小説 | Trackback | Comments(14)

アンのように生きる

2007年の11月から小説をここに書かせていただいてます。

アンのように生きるインドにてを丸一年・・毎日のように書いて、幸せな時間がありました。

インドでの暮らした経験を物語りにちりばめました。

今年の日本の夏は日本中ことさらに暑くて驚かされました。

そして昨日は季節の遅い台風14号が日本の列島の太平洋側を駆け抜けていきました。

その影響で明け方は雷鳴轟く大雨で、不安な目覚めになりました。

その目覚めの前の夢は10分間もなり続ける目覚まし時計の音を聞きながらのリアルなものでした。

印鑑がなくなって、保険を下すことができない、と大騒ぎで探しているのです。

家族がみなバラバラに住んでいて、説明しようにも集まらないのです。

何故こんな夢を見たのかは恐らく細部まで片付けをしていない今を憂えていたからだと思いますが、

なんだか不安な時代になっているような気がしてなりません。

しかしそういう時代を生きて行こうと思う気持ちは皆さんそれぞれにお持ちだと思います。

先週80歳の誕生日の日の明け方に亡くなって行った叔父は、まことに見事な最後だったと思われてしかたありません。

今日はコーラスの指揮をしているときに、何か思い出がふと過ぎる旋律があって泣けてしまいました。こんなことは初めてでしたが、そういうシチュエーションも初めてだったからだと思います。
涙流したまま振っていたら、歌うかたたちも一緒に泣いてくださって・・もらい泣き・・と優しいことを言ってくれました。本番では絶対にこんなことにはなりませんから・・ごめんなさい・・

明日より かけがえのない日本の片隅からでは「生きる」というテーマで新しい小説を書かせていただきます。皆様のお暇つぶしにしていただきたく、どうぞよろしくお願いします。

アンのように生きる_c0155326_21184376.jpg


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# by akageno-ann | 2010-11-01 21:14 | 小説 | Trackback | Comments(15)

かけがえのない日本の片隅から part2 最終回

犬のいる生活を中心にしたお話を書かせていただきました。
ここ一ヶ月容態が不安定だった叔父が亡くなりました。
舅の弟で素晴らしい人でした。
優しい人で「捨て猫もほっておけないで餌付けしてしまったんですよ、手術もね・・」
と話したときがお元気だった最後の会話だった・・と ふと思い出しました。
病身の兄を大切に思いよく見舞ってくださり、嫁の私を誉めて励ましてくださいました。

家庭でもそういう方だったのでしょう。妻である叔母はそういう家庭人として優しかった叔父の夫としての思い出を熱く語りました。
恐らくはとても意気消沈している心を奮い立たせての言葉のようでした。
冥福を祈りつつ、思い出を大事にしていきたいです。

最終回になりました。お付き合いくださりありがとうございます。
少し時間をかけて追記てきに最終回を書かせていただいてます。

かけがのない日本の片隅からpart2
犬のいる生活 最終回 その街も成長する

動物と人間との関わりは自分で作ろうとしなければ起こらないと思う。

例えば拾い犬をする、動物の保護団体から里親として動物を引き取る、そういうことは初めて動物を家庭に入れようとするときに、かなり大きな覚悟を必要とすることがある。

幼い頃に動物と暮らす経験のあった者はさほどではないかもしれないが、大人になってから動物と身近に触れ合うという経験をする人々も決して少なくない。

子どもがいる、とか老人がいるから、とか動物アレルギーだったり、いろいろな問題があって、新しく迎えることへのある種の不安があるのだ。

飼ったものが少し獰猛だったりすることもないわけではない。

一度飼ったら絶対に最後まで面倒をみるという覚悟も大事だと思えるし・・

だが、先ず大事なのは第一印象。

石元夫人が最初にハナを飼ったのは、とにかくハナが可愛い表情の犬ですぐに愛おしさがもてたのだった。

一生懸命世話をし、飼っていくうちに、なくてはならない存在になることは前にも話したが、そんな状況の家庭を他でも随分とみている。

三世帯同居の家庭では世代を超えて皆飼い犬を可愛がり、その犬のことで会話が盛り上がるという。

夫婦喧嘩や兄弟喧嘩をしていると怖がったり心配して家の隅に行ってしまう犬もいたり、家出してしまうものもあると聞く。

その犬の意思表示によって家庭内が何となく上手く収まるのだ、石元夫人は思うのだった。

犬に限らない、犬は飼うということにマナーを守ったりしつけたりというプロセスがいいのだ。
散歩もあっていぬ仲間が増え、最近はブログを通しての犬の会話が増えている人もいるのだ。

自分の犬の可愛さ自慢をするのも楽しいようだ。

人の犬の様子を写真で知って、癒されたり亡くした犬の思い出を楽しめたりするという話もある。

ここの土地は山も川もあって、犬の散歩には持ってこいの場所だった。

石元夫人は最初犬の散歩をしている人たちをみて、「大変でしょう、毎朝毎夕の散歩は」と他人事に思いながらも羨ましさもあったのだった・・

ハナは捨て犬であったために避妊手術もされていなくて、子供を産んだ形跡もない、と獣医師に言われていた。

そのせいもあるようだが、内膜症を患っていた。出血もあって病院に駆け込んだこともあり、我慢強い犬であったが、医師によると痛みがかなりあるという。

手術をすることも言われていたが強い全身麻酔が心配だといわれ、優柔不断に過していたのだ。

そうこうするうちにハナは食欲が落ちてぐったりするようになった。

痛みに耐える姿もあるので病院に連れて行くと、「このまま膿を搾り出します、」と言われた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ハナのその時のうめき声を石元夫妻は決して忘れることができなかった。
弱っていたハナ・・その処置のお陰でハナの病状は快復したのだったが、ハナはあまりの痛みを耐えたせいか少し恐怖感を覚えさせてしまったようだった。

その後半年後にハナは痴呆のようになって石元夫人のこともわからなくなってしまった。
哀しくて心が塞いだが、こうなってしまったことさえもあの時の痛みを味あわせてしまったという後悔とこれまでに愛らしさで家族を癒してくれた思い出が蘇り、愛おしくてしかたがない。
石元一家は家族全員がハナを見守ろうとしていた。

その家族の気持ちの中に次第に新たな結束力が生まれているのも確かなものであった。

季節が少しずつ変化する日本の四季は秋から冬に向かい、様々な動物たちも冬支度を始めている。

それとともに人もまた新しい時を迎える準備をする日々を過している。

この街は遅い台風の訪れに雨に降り込められた犬たちをほんの少しの雨の降り止みを見計らって一斉に外へ出る。

犬たちは雨具を着ているものもいる。

大切にされている犬の様子をみていると何故かほっとする時代の流れがここにはあるような気がしていた。
                           part2 犬のいる生活  了


お読みいただいて本当にありがとうございました。
物語はフィクションです。
犬を飼うとき読んでおくといいサイト→日本警察犬協会HP「犬との共生に必要なマナー」

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かけがえのない日本の片隅から part2 最終回_c0155326_21274033.jpg


ハロウイン

# by akageno-ann | 2010-10-30 23:19 | 小説 | Trackback | Comments(13)

最終章 犬のいる生活 その4

pcが突然発熱しつつダウン・・風邪症状のようで・・慌ててメーカーのサポートに連絡すると、ファンにほこりがたまった為の障害でしょう、とわかりました。
メンテナンスをしなくてはなりませんが、応急処置を聞くと空気を送って埃を飛ばす方法があるようで・・やってみますと・・うまく起動しました。
しかし何年も使っているとオーバーホールは必要ですね。

小説の方も最終章に入っています。あと少し犬のいる街の生活の話にお付き合いください。

かけがえのない日本の片隅からpart2

最終章 犬のいる生活 その4

アフガンハウンドは四肢のほっそりとして毛足の長い美しい犬だ。

鑑賞としても好む人がいるようだが、元々は狩猟犬であるから、目的の獲物を追いかけてし止めるという本能があることを忘れてはならない。

ハナが玄関前でけたたましく吠えて家の中にいた石元夫人を呼んだ。

滅多にそのような吠え方をしない犬なので、石元夫人も何事か?と飛び出してみると、大型犬の2頭が勢いよく絡んでいる。

少し小型のシェルティがアフガンハウンドに咬まれているような格好だった。

そこに息を切らせて走ってきた二人の飼い主がそれぞれの犬を捕まえようと必死である。

石元夫人もどうしたらいいか、悩んでしまっているうちに2匹はなんとか引き離された。

しかしシェルティの飼い主の男性の手は血で赤く染まっていた。

石元夫人は急いできれいなタオルをもってかけつけた。

「どうぞどうぞこれで止血してください。」

名前を知らなかったが犬の散歩中に出会ったことのある人で顔見知りだった。

アフガンハウンドの方の飼い主は初老の女性で深くうなだれていた。

「貴方にはこの犬の散歩は無理でないですか?」

止血しながらシェルティの飼い主は少し怒ったように言った。

「でもそちらも綱を離しましたよね。」

アフガンハウンド側の飼い主もなかなかしっかりと反論した。

幸い犬も人間も大怪我にはならなかったが、双方の言葉のやりとりは深刻なものになった。

石元夫人もこの夫人の体つきをみても大型犬の一人での散歩は無理だと感じられた。

しかもどうやら子供のころから躾がなされていなかったのだ。

シェルティの方は咬まないことをしっかり学んでいたせいか、また本能的なものなのかひたすら耐えていた。

その姿は飼い主にはとても愛おしく辛いことだったのだ。

結局双方はそのまま喧嘩別れになってしまった。
                                  つづく

物語はフィクションです。
犬を飼うとき読んでおくといいサイト→日本警察犬協会HP「犬との共生に必要なマナー」

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# by akageno-ann | 2010-10-27 10:20 | 小説 | Trackback | Comments(8)